2009年11月25日

文字はいらない辞書


[VOON] その身に                  「もなかのマンドリン」
日曜日、月に一度参加している、マンドリン合奏の会に阿佐ヶ谷まで行ってきた。

指揮者の方の厳しい指摘が飛ぶ。

ギターのパートの人達や、管楽器、そしてマンドリン、と個別に細かく注意される。

『すごいなあ』

もしも、私だけ、ずっと注意されながら一人で演奏を求められたら、めげずに、何度でも繰り返す事が出来るだろうか、という思いが過ってしまった。

しかし、慣れもあるかもしれない。
厳しさに対して、最近、快感を覚えるようになり、身が引きしまるようになった。

ところで、再び驚かされたことがある。
反対側に座っていたマンドラを弾いていた男性が、私のマンドリンの音色を褒めてくれた。

前、前回で、
楽器に声をかけ大事にするようになったら、数人のに仲間に私のマンドリンの音色を褒められた、ということを書いた。

もちろん、演奏ではなく、楽器の音のこと。

何と!
この方は、私と同じ制作者にマンドリンを40年前に作ってもらったという。

普段はペースを弾いている方。
だから、今もマンドリンを弾き続けているのかは訊いていないが...。
(この方は、この日、急遽マンドラを弾くように言われ、借りて弾いていたという。何でもこなせる方)

その話を聞いて私は安堵する。
心配していた私のマンドリンの寿命。

「心配なーし」
あと15六年はOKということになる。

酒席は盛り上がっていく。

音楽談義にも花が咲いた。
譜面のことにも。
音楽に関係ない話も。

相当なお歳の方ばかりだけど、先輩後輩、年配者への礼儀等、お説教ではなく、ユーモアたっぷりに意見を交わしているのが印象深かった。

趣味の世界だから、肩書なんか私は何も知らないし、知る必要もないけれど、とにかく様々な事をよく知っている人達ばかりだ。

毎度のことながら、知らないことを教えてもらえることは、とても楽しい、と、心がおどった時間だった。

さて、翌日の祭日は、昼間にカンテ教室に向かった。
四苦八苦していたレトラ。
やっと覚えられたようだ。       つづく...。


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2009年11月21日

タイトルは命

                             「もなかのフラメンコ」
[VOON] チェン〜ジ
前回書いた「マンドリンの命」に続き、
命シリーズ第二弾、

「タイトルはマグマ」としたいところ、「タイトルは命」
それだけ、気にいった名前ということだ。

水曜日、タイトル「MAGMA」というシリーズのフラメンコの踊りを観てきた。
予想通り、火となり吹き上げていた。

どんな大きな舞台でも、小さな空間でのライブでも、必ず何かを教えてくれる。                   
haiku芝居でも踊りでも。


私も不平不満ばかりを貯めこまず、
情熱のマグマを増やしたいな。

噴火させたいなと思っていたけれど、落ち着いて考えてみると、
ジワリのほうがいい。
その方が私らしい。

だから、

真っ赤に燃えていなくてもいい
ちょっと温度は冷めててもいい
フラメンコの情がたくさん入ったマグマをいっぱい、いっぱい貯めこみたいな。

★☆☆★  ★☆☆★   ★☆☆★   ★☆☆★   ★☆☆★

出 演:P 佐藤浩希   矢野吉峰 
     B 東 陽子    末木三四郎、中根信由、
       高木栄子、  柴崎沙里(柏麻美子)
カンテ: クーロ・バルデペーニャス、瀧本正信
ギ ター: 斎藤 誠 



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2009年11月18日

マンドリンの命...第440編

                          「もなかのマンドリン」
14日土曜日は地域の集まりで、公民館でマンドリン演奏をしてきた。
いろいろなサークルが出演するのではなく、私達だけの演奏。
これまでも、数回依頼して下さった集まりだ。

朝10時に集合し、本番の1時半まで、びっしり合奏を繰り返す。
最近、ほとんど練習していない私は、

「女は度胸だ!」
と臨む。

終えると、会場の外で
「次回もぜひお願いします」
と顔見知りの方に声をかけられ、リクエストもされた。

こんなとき、きまって私は、続けてきてよかったな、
と思ってしまう。

自分で楽しむのもいい。
でも、喜んでくれる人がいると、やりがいがある。

そして翌日の日曜日も練習日となっていたので参加。

さて、最近思うようになったことがある。
マンドリンも息をしているに違いない....と。

私はケースからマンドリンを出すたびに、
昭和63年制作、制作者○○
と手書きで書かれている文字を覗き込むようになっていた。

haiku新しいものに変えてから、ずいぶん経ったことになる。

私は文字に向かって

「もうちょっと、がんばってくださいよ」
と、心の中で言うようになっていた。

マンドリンは消耗品。
だとすると命はわずかかもしれない、と不安なっていたからだ。

不思議なことが起きた。
「いい音が出るマンドリンだから、大事にした方がいい」

何人かの仲間から、同じ言葉をかけられた。

演奏のことではない。
楽器のもつ、音質のこと。

「あれ?マンドリンは、私の気持ちを判ってくれたのかな...」

私は、本気でそう思った。
毎回、文字を見つめ言葉をかけていると、亡くなってしまった制作者の人に通じるのかも....と。

だとしたら、もっともっと、私の膝で大事に包み込んであげなければ..。
フラメンコと同じくらいに愛情を持って。

消耗品と言われても、命は延びるはずだ。



ayame1999 at 13:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!マンドリン 

2009年11月15日

大きな力

                 「もなかのあれやこれや」
金曜日の昼、マイケルジャクソンの映画「THIS IS IT」を観てきた。

フラメンコの仲間に勧められ、水曜日に行くつもりだった。が、夕方は都合で行けず2日遅れとなった。

いやはや、素晴らしいということは、聞いていたけれど...。
恐れ入りました。

私はマイケルジャクソンの唄は、ちょっと聴いた事があるくらいの程度。
ファンではない。
奇行が報じられたりと、マスコミを通じての悪評しか知らない。haiku

しかしこの映画を観て、先入観が払拭されてしまった。

人気者になると、とかく悪く言われるのは世の常。
まして、世界的規模な人は尚更。

何が本当なのか、本人しか判らないことだ。
>
映画館が巨大な劇場となっていた。

ロンドン公演の本番さながらに繰り返されるリハーサル。
打ち合わせ、衣装から振り付け、数え切れないほどの細かな準備が着々と進んでいく様子。

すべて、ビデオに撮ってあったものを編集して映画にしたのだろう。

それ故、よけいに臨場感が伝わってくる。

もしもマイケルが亡くなっていなかったなら、私は
世界中から選び抜かれた若いダンサーと共に踊る、50歳のマイケルを観る機会はなかっただろう。

生の声を聴けることも、舞台を作り上げていく過程も。

マイケルジャクソンの映画。
私は勧められたから観ようと思った。
今度は私から、ちょっと時間を作って観に行くことを、ぜひおすすめしたい。

さて、その日の夜、NHKで、亡くなった森繁久弥の追悼番組を観た。
こちらは大往生。

森繁久弥の場合は特に、それこそ昔、「屋根の上のヴァイオリン弾き」の舞台を観ているので、特別な思いがある。

映画はケーブルテレビで何回も大昔の映画を観ているし、ドラマや唄う姿もテレビで観ている。
ラジオの朗読は数回。
とにかく幅広い分野で活躍された方。

追悼番組だから、真面目な話がほとんどだったけれど、女性との艶話も満載だった人とのこと。

今だったらスキャンダルとして大変だろうが。
そんなことは越えた、かえってお茶目なエピソードとして語り草になってしまう、大きな大きな役者さん。

偶然同じ日に、若くして亡くなった世界のマイケルジャクソンの映画に行く事が出来、夜は、日本の大きな役者さんだった、森繁久弥の追悼番組を観れた。

世界規模で、日本の中では......と考える必要なんてない。
多くの人に影響を与えた偉大な二人。

ゆっくり出来た日、いい映像を観れた一日だった。

翌日の土曜日はマンドリン。
練習ではなく演奏を聴いてもらう本番だった。
                           つづく....。


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2009年11月13日

男の喉飴

                             「もなかのカンテ」

[VOON] 変わりゆく風景カンテのおかげで、とても背筋が鍛えられた。

普通は、腹筋が鍛えられる...ではあるまいか。
でも、私の場合は背中。

毎週月曜日、丸椅子に座り続け、足を打ち、ほかの人が唄っている間、ほとんど、軽くだけど、パルマを叩いている。

寄りかかれない椅子。
背中を丸めると、先生から叱咤が飛ぶ。
でも、本当は、悪い姿勢でいるより、背筋をピンと伸ばしているほうが、かえって楽。

というわけで、知らず知らずのうちに、haiku間違いなく背筋が鍛えられている。

さて、今週のカンテの練習所での事。
先生が、生徒の唄にあわせてギターを弾いてくれていた時のことだ。

私の隣の仲間が小声で
「喉がつらいでしょ?」
と言い、バッグから飴を出してくれた。

私はすぐに口の中に放り込む。
「ああ、梅の味だわ、美味しい」

私は喜んだ。
でも、自分だけもらったら悪いなーと気がひけた。、
普段から気がつく彼女。

「みんなも、のどつらいわよね」
と小声で私に言い、立ち上がった。

「コラ、コラー、何処に行くんだー、フラフラと立ち上がって、...ここは学級崩壊のクラスか..」

と先生の声が飛んだ。

「みんなに、のど飴をあげようとしたんです」
彼女は明るく言った。
「先生もどうぞ」
「モオ〜、真剣にギターを弾いてあげているっていうのに..!」

そう言いながらも、
「どれどれ」

と、ちゃんと先生は「男の喉飴」という飴をもらった。味を確かめるようにしばし沈黙。

「まずい!」

苦手な味だったようだ。
すぐに紙包みにくるんでしまった。

私はこんなにおいしいのに...と思う。

「本当にモウゥゥ、必死に教えているというのに...人の前でクチャクチャとー」

先生の目が流し眼になっている。
その流し眼が自分の前でとまらないことを願った。

いの一番に口をもごもごとさせていた私。
一瞬、ごまかすように口を止める。

先生の名演奏が再び始まった。
聴き入る。

でも、相変わらず飴がとけてしまうまでなめていた私。

『もう一つほしいな』
そっと隣からもらえるけれど、それこそ
「マズイ」
となってしまうので、やめた。
 
ところで、「女の喉飴」というのはあるのだろうか。



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