2006年09月07日

私は背がほしい。

「もなかの あれやこれや」

帰宅して、まっすぐ二階のリビングに上がると、新しい冷蔵庫が設置されていた。

こんな重いものを二人がかりだったらしいが、よく運んでくれたものだと関心してしまう。
近所の家や友人の家に遊びに行くと、扉がいくつもついている冷蔵庫があり、すごいな、と思ったものだ。

でも、すごいなあ、と思っただけで、氷も少ししか出来ない不便な冷蔵庫だったが、取り替える気持ちなど起らなかった。

好きな冷蔵庫だった。

長年使い慣れた歴史を刻み込んだ冷蔵庫。

しかしいくら気に入っているからといっても壊れてしまっては仕方がない。

私は背が低い。

一番上の棚には腕をいっぱいにあげてやっと入れられた。

奥に入れるときは背伸びも必要。

毎回、上の棚に出し入れするときは、思い切り腕を伸ばすことになる。

「ううーん、フラメンコのために、運動なると思えばいいか」

でも、やっぱり前の冷蔵庫の方がいいなあ。

そして、何と皮肉なことに、この時期にテレビまでおかしい。

まあ、テレビは、背が低くても心配はいらないからいいけど...。

でも、同じ壊れるとしても、数ヶ月のずれがあっていいと思うのだが。世の中はうまくいかないものだ。



ayame1999 at 00:24|Permalinkあれやこれや 

2006年09月03日

大いなる先輩達

「もなかのマンドリン」

 マンドリンの練習に行って来る。

「気持ち悪いなあ、音が誰かあっていないぞ」

先生が私が座っているセカンドマンドリンの方を睨んだ。

先生の耳は見逃さない。

弦の音合わせをしてくれるファーストマンドリンの責任者がすぐに私達の所にきて、五人分のセカンドマンドリンを全部修正してくれる。

この音が狂ったことが判るようになるといいのだが、よほどくるっていないと私には判断がつかない。

もっとも他のベテランのギターやベースの方も時々注意を受けているが...。

フラメンコのパルマや足のコントラティエンポが苦手な私は、ここに原点がある気がしている。

チューナーで測らなくても音の高さを自分の耳で聞き分けられたら、さぞや裏取りが上手くなるに違いない。

さて、前回勘違いして欠席した会長さんもきょうは早くからやってきた。

休憩時間になり皆がテーブルを囲むと、私は質問した。

「どうですか、毎日ゆっくりできてますか?」

会長さんは七月末に定年を迎えた。

この○○○アンサンブルの男性達は皆長く続けているので、若い人もいるなか、働きだ盛りだった人たちが次々と定年退職を迎えている。しかしどの人も世間で言われている「ぬれ落ち葉」と称される、奥方にまとわりつく人はいない。

「いやあ、ゆっくりどころか、時間が足りなくて」

思いがけずあるルートから七百曲分の楽譜が手にはいった。それをきちんと整理している。見にくい音符はパソコンできれいに打ち直しているとのこと。

「ほんと、わたしもおなじで、時間がやっぱりないですねー」

「そうそう」

この一、二年の間に退職した男性数人が同じことを言った。

ううーん、すごく素敵な人達に思えてきた。

やっと、おじ様たちの仲間に入っていても、違和感がなくなってきたコンサートマスター。

将来のモデルがたくさんいていいわね、と言ってあげたくなった。

 



ayame1999 at 23:00|Permalinkマンドリン 

太宰治に会えた気がして....。

「もなかの心の寄り道」

金曜日、一泊で久しぶりにゴルフコンペに参加した。

雨の中を河口湖の手前、都留で高速を降りる。

「空が少し明るくなったみたいですね」

 高速道路にのってから同乗者の人達を慰める意味で、同じせりふを私は懲りずに繰り返した。

しかし、本当は私の思いは違っていた。

街の中では少しの雨でも傘なしでは考えられないが、広い空間に入っていると気にならなかった。この頃は、陽に焼ける心配がないので、むしろ炎天下より歓迎していた。

さて、打ち上げ会で河口湖に移動し、親睦会を兼ねた宴会。

毎度のことながら、私が家人の代役として行っているという気持ちで今回も参加したのだが、毎回同じく楽しい時をすごさせてもらった。

翌日の土曜日は前日の雨模様とうってかわり、素晴らしい晴天。それぞれの車で来ているので朝食後に解散した。私達の車は四人話がまとまり寄り道してかえることにした。

絵が好きな人がいて、その人の為に美術館へ行った。

油絵や、日本画と、昔の着物が展示されていた。

しかし正直なところ、もう少し河口湖美術館所蔵の絵があってもいいのではないかと思った。富士山の日本画、油絵が数点のみ。そして富士山の写真がたくさん飾られていただけだ。もしかしたら他の美術館に貸し出し中なのだろうか。個数を考えるととても入場料が高いと思った。

まあ、それでも素晴らしい絵を観たのだから、それはそれでいいのだけど....。

写真を撮るが大好きだと言った人は河口湖のロープウエイで、昔話の「かちかちやま...」のお話で登場する山の頂上を希望した。

いいアイデアをだしてくれたと思う。

真正面に見える富士山と湖の景色が素晴らしかった。写真を撮るのに雲のかかりぐあいが大事なんだと真剣に説明していた。コンペの時も撮ってくれればいいのに、と思うのだが一度としてカメラを持ってきたことがない。わりとスコアの良し悪しにこだわる方だ。私だってフラメンコのときは必死だから同じともいえる。

私は、以前から行ってみたいと思っていた太宰治のゆかりの天下茶屋に行きたい旨を遠慮気味に希望した。

「いいじゃないですか」

 気持ちよく快諾してくれた。くねくねとしたカーブを三十分ほど上って行った。

「嬉ししいです。おかげでやっとこれました」

 風情のある建物で一階がお土産屋と食堂になっている。二階が、文学資料館になっていた。見学料無料。美術館より見応えがあり、おまけに無料なのですごく得した気分だった。

二階の窓から見る景色はとてつもなく見事。

こういう場所だから作品を書く意欲が出たうえ、いいものが書けたのだろう。

私は展示されている資料の細かい字を眼鏡をかけてゆっくり読んでいく。

河口湖から車で30分もかかるこの場所に、どうやってのぼってきたのだろう、バスはあったのか?自動車はあったのか?それとも馬車で来たのだろうか、?あれこれ頭をめぐらせた。

本当に今は楽な時代なんだとつくづく感じる。

同乗者の三人は、資料を順番に見ていたが、お茶を飲みたいと、階下の天下茶屋へ降りていってしまった。

一人残された私は、もう一度部屋を見回す。

小さな机が置かれている。

私は、その机に正座し、今から書き物をするような格好をしてみる。

ちょっと首をひねったり、腕組みをしたり。

なんだが、ひょろりとした太宰治が正面にいる気がしてきた。

 

 

 



ayame1999 at 01:31|Permalink心の寄り道 

深夜の囁き。

 [もなかのフラメンコ]      

月曜日のカンテのレッスンのおりCDをいただいてくる。

八月に発売されたものだ。

翌日の夜、パソコンで仕事をしながら聴こうと、スイッチオン。

「ザザザー」

波の音が心地いい。

続いて波にのって声が聴こえ、次に私が通っているカンテの先生が奏でるギターが叙情的に流れていく。

海に向かって語りかける一つ一つの言葉に重みがあって、私の手は、そのまま固まり、動かなくなった。

声の主は、三月のカンテの発表会で一緒だった女性。病をおして北海道から参加した方である。

結局、私はそのまま仕事を続けることが出来ずに最後まで、耳を傾けていた。

発表会でこのCDの声の主の唄を家人が聴いたとき、

「魂から湧き出てくる声だった」

と評していた。

その感想は、間違っていなかったな、と思った。

目を閉じて聴いているうちに、私の瞼に、真っ暗な海に向かって座っている自分の姿が浮かびあがった。

ある人の名前を砂に書き、その文字を波にのみこませた遠い日の自分。映画で観たシーンを真似した若かりしき頃の行動だった。あんなキザなことなどよく出来たものだと、我ながら感心してしまう。あんな純真さは、もうなくなってしまった。

私は聴き終わると、CDをしみじみと眺めた。

唄声がこの薄い円盤の中に隠されている。

家で練習のため録音したズレズレのパルマや、個人レッスンの時に録音した私の靴音とわけがちがうのだ。

心の想いが、いっぱい、いっぱいつまっている。

ケースには、主人公、先生、仲間達が写っていた。

笑顔があふれ、会話がいまにも聞こえてきそうな雰囲気だ。いったいどんな会話をしているのか..。

マンガみたいにその時の「お喋り」を書いてほしい気もするが、判らないところがいいのだろう。

さて、今の私は想いや愚痴をきいてくれるのは犬になってしまった。しかし、ペタリとお腹を地べたにくっつけて座り、長い両耳を垂らして聴いている我が家のチュウケン五コウは、横目で私を見ているだけ。

海が近かったらいいなあ。

                              



ayame1999 at 00:49|Permalinkフラメンコ 

2006年08月29日

フラメンコ新人公演を終えて.....。

月曜日に三日間にわたって行われたフラメンコ新人公演の結果が出た。

嬉しいことに私が通う教室の方がソロで二名、奨励賞を受賞した。

本当は、二日間観に行った私の感想としては、参加したソロ四名と群舞に確かな手ごたえを感じていたのだが、発表される前に身びいき的なことは控えていた方がよいと思って触れないでいた。

残念ながら他の二名の方と群舞は賞を頂けなかったが、同じ仲間のあの素晴らしい踊りをフラメンコに詳しい大勢の観客に観てもらえたことに、誇りに思える。

火曜日の昼のレッスンに行くと、受賞した男性と、残念ながら受賞を逃した女性が皆の前に立った。

「皆さんのおかげです。応援していただいて、本当にありがとうございました」

男性が深々と頭を下げた。そして、これからいっそう頑張っていかなければ、と抱負を語った。

女性の方の方は、

「クラス日を変更して頂いたりと、皆さんの協力をたくさん頂いてありがとうございました」

と礼を述べ、今後の話もしてくれた。

お二人とも立派な挨拶、私は胸にぐっとくるものを押さえた。

受賞できる人はほんの、ひと握り。

反対に、たくさんの人が受賞を逃している。

その中には、しばらくは立ち直れないほどの悔し涙を流している人もいるかもしれない。

いずれにせよ、出演した様々な方達が、一日経って、悔しさが蘇ってきたり、逆に、新たに挑戦する気持ちが湧き出てきたりしている頃ではないかと思った。

私はNHKで放映されていた番組の中で脳科学者が言っていた言葉を思い出す。

あらゆる分野で活躍している人を特集していた番組で、これまで毎回出演した人に会った結果、判ったことがある、と言っていた。

「一流になっている人には共通点があることが判りました。皆、ものすごい挫折感を味わっているんです。でも、それを見事に乗り越えていっているんですね」

という言葉。

喜びも悲しみも、全て次のステップに繋げることが出来るということなのだろう。

いろいろなドラマがある。

来年は、三日間行かなければ。

 



ayame1999 at 01:51|Permalinkフラメンコ 

2006年08月28日

これだけはいいたいな....。

終わった。

中野で行われたフラメンコ新人公演三日目。

昨夜と違って同じ観つづけてきたのに、目がくぼんでいない。

さて、舞台は昨日と同じく どの人も素晴らしかった。

あれから数人に絞るなんて、とても酷に思える。

せめて入賞者を十五、六人選んで、その中から、いくつかの賞を決めればいいのに、と、無責任は私は、のんきなことを思ってしまう。

いやあ、でも、本当に有意義な時間を過ごしたな、と思う。

改めて、フラメンコはカンテ、ギター、踊り、の三つは大切なことは判っているが、こんなにも、パルマが大切なんだと思い知らされた感じだ。

私が習っている教室の生徒さんもソロや群舞で出演した。

どの出演者でもそうだろうが、バックの方々が、一生懸命に踊りをもりたてている様子がわかり、とても勉強になった。

昨日も今日も四時間ぐらい全部観たうえで、たくさんの感想はある。

でも、それを書くと身びいきになってしまうから心の中に収めておくことにした。

でもこれだけは言いたいなあ。

「お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」



ayame1999 at 00:55|Permalinkフラメンコ 

2006年08月27日

新人公演二日目。

土曜日、中野で開かれたフラメンコ新人公演二日目。

一時間前に並んでみたものの、とれた席は後ろの方。

最初はカンテで、続いて踊り。

カンテはあえて時々眼をつぶって聴いた。

踊りになると、上体、足の動きと、全てを見逃さない気持ちで注視する。しかし、長時間集中して観続けていたので、後半になると、眼が痛くなってしまう。

くぼんでしまった重い瞼を何回も軽く押さえつけてみる。

眼を休めるために何度か眼を閉じたが、そのたびに

「いけない、この大事な時間を」

と瞬時に開いた。

この数分の舞台に向けて、いかほどの練習を重ねてきたのだろう、そして、どれほどの神経を費やしてきたのだろう、と思うと、目を閉じてしまうことなどとても出来なかった。

さて、感動した踊りについては、そっと胸にしまっておくことにしよう。

明日は、ソロだけでなく群舞もある。

楽しみだ。

 

 

 

 



ayame1999 at 00:59|Permalinkフラメンコ 

2006年08月24日

舌が回らない。

月曜日、カンテの教室で突然、フラメンコの唄、タンギージョの詩が配られた。

この頃プリントしたものを配ってくれることが多くなった。

以前は先生がその場で書き、すぐに皆が写し書きしていた。

中には、唄うのを聴いてレトラをスペイン語で書いていく人もいた。

そんな中、私は皆に意味や、つづりを教えてもらいながらやっと書き写していた。小さな字は全く見えなくなっているので、一番端に座っている人からも見えるほどの大きな字を書いた。

そんな状態だったから、せっかく配ってくれたプリントなのに眼鏡をかけても、やっと見える状態。

レトラは、前に習ったものとは違うタンギージョだ。

先生のお見本を聴いたあと、素敵なギターが奏でられた。

順番に一人ずつ唄って行く。

「フニャぁー、アリャコリャアァ、コリャァ、コリャアァァァ、コリャァァァ」

ううーん、舌がもつれて声にならない。

結局その日は撃沈。

しかし、フラメンコの難しい振り付けだって、嫌というほど踊っていたら体に染み込むんだもの。

カンテだって同じ。

一度に何百回聴こうと思わず、いつものように毎日少しずつ、電車の中で三十回ずつ聴き、家で寝る前に三十回ずつ聴き、同じ数だけ口ずさめば覚えられるはずだ。

来週は舌がなめらかになっていますように。



ayame1999 at 00:24|Permalinkカンテ 

2006年08月22日

ごめんなさい、会長さん。

日曜日にマンドリンの練習に行ってきた。

あれえ、会長さんが珍しく欠席している。

何処かに行く時は必ず前もって報告する方だ。

誰かが、練習日を勘違いしているんだな、と言った。

「そういえば、九月にお会いしましょう、って書いてあったわよね」

女性メンバーが、会長さんからもらった残暑見舞いのハガキに書かれていた文面のことを言った。

「そうそう」

あちこちから同調の声があがる。

全員にくれた残暑見舞い。

皆、八月に練習があるのにおかしいなあ、と思いながらも誰も返事を出さなかったという。

私の場合は、パソコンや携帯メールが多い中で、ポストに届いたことに喜び、内容のことまで考えていなかった。

日頃、会長さんは、譜面を調達したり、手書きの古い譜面を手に入れた曲は、きれいにパソコンにパートごとに打ち込んで譜面を蘇らせてくれたりと、時間と労力を、私達のために、使ってくれている。

見えない部分でも、たくさん、たくさんお世話になっている。

何て優しさが足りなかった自分なんだろう。

何かをしてもらうことに、慣れっこになってしまっている。

さて、難しい曲を前半に演奏し、後半は軽い曲を演奏する。長い曲は全部通しで弾くのは、二度ほどしか弾けない。

四時間があっという間に過ぎてしまった。

帰り際に仲間の何人かに「フラメンコ曽根崎心中」の舞台のことを話した。

私が通っている教室の舞台で先生や団員さん、生徒が出演すること、そして悪役は個人レッスンを指導してもらっている先生がしていることを手早く話す。

二組のご夫婦で、来てくれるという。

ありがたいことだ。

さて、今からでも遅くない、せめて、会長さんに絵葉書を送らなければ...。

 

 



ayame1999 at 12:43|Permalinkマンドリン 

2006年08月20日

気分をだして

土曜日のフラメンコレッスンに行ってきた。

ブレリアの振り付けをもらう。

とても覚えやすく楽しめる振り付けだ。

覚えたな、と思ったとき、スペイン人のギターを抱えた青年が入ってきた。

発表会で弾いてくれたマレーナ.イーホ。

一週間後に控えた舞台で弾くために、わざわざスペインからやってきたのだ。

私達は何と、その演奏でブレリアを。

「わーい、来てよかったわね」

思わず前の列にいた仲間と喜んでしまう。

少人数ずつ分かれて交代で踊る。

「それじゃ、えーと.....。一人ずつ踊ってもらおうかなっ」

先生が皆の顔をみる。

「えーぇぇぇ」

私の口からも思わず出ていた。

一人では不安という意味と、ワー嬉しいという二種類の意味が込められている。

大勢いたのに、一人ずつギターの伴奏で踊る。

思わず他の人が踊っているときは、唄いたくなってしまったほどだ。

やっぱりギターがあると、気持ちがいい。

贈り物をもらった気分だった。

 

 



ayame1999 at 00:47|Permalinkフラメンコ 

時を越えて...。

金曜日に、玉葱と寒天の効能を奨めてくれた友人Oさんと、もう一人Fさんが加わって互いの中間点の駅で落ち合う。

Oさんがちゃんと予約入れておいてくれたおかげで、昼間なのに何だが夜の席に行ったような、お酒が似合う、豪華なお店に案内され、個室に通された。

「すごいじゃないの!」

「ほんとね、何だが隠れ家みたい」

私は、おのぼりさんみたいに、キョロキョロと部屋の中を見回した。

 Fさんとは会う機会が結構あるけれど、三人が一緒というのは、年に数回だけ。それでも一旦顔を合わせると、前回の日からの延長のように会話が進む。

「はい、かんてんパウダー持ってきたあげたわよ」

Oさんが根こんぶ粉末入りのものを私に差し出した。

それをきっかけに、ひとしきり健康の話題に話が咲いた。

昔は、愛情、についてや、映画、舞台、好きな芸能人の話、家族の話題が多かった気がするが、ずいぶん最近は様変わりしている。

「ねえ、私達って、もうどのくらいになるのかしらね」

あの時はあの場所にいて、それからあの職場に入って...と、様々な歴史を思い出しているのだろう。それぞれの思い出をたどりながら指折り数えた。

「二十七年よ」

三人の口から、ほとんど一緒に出た。

「きゃー、やだやだ」

これでは話す内容も変化してくるはずだ。

時を越えて、様々なことが思い出されてくる。

 Oさんは社交ダンスの◎級のプロ級の持ち主。それでも毎日ダンス教室に通っている。どんなに指導する立場になるよう奨めても、習う楽しみの方が大好きだから、といって、日々の努力を怠らない。プロポーション抜群。

 Fさんは学校、図書館、大学病院へ、「お話会」で素敵な朗読や、身振り手振りの「語り」などを子供達のために長年続けている。竹下夢二の絵のモデルみたいな楚々とした女性。

私は、ご存知、フラメンコ命の飛んでいる状態。

「とてもOさんも、Fさんも、普通のおばさんじゃないわよ」

褒め言葉のつもりだった。井戸端会議や、女性特有の諸々のことがない二人だからだ。

「あら、あなただってそうよ、フラメンコいったい週に何度習いに行っているのよ」

残念。私の場合は、褒められているのではない。

さてさて、もりだくさんに話は続いた。

今度三人が一緒に顔を会わせるのは、「フラメンコ曽根崎心中」の舞台のときだ。

銀座に出よう、と約束し帰宅した。

その日の夜のことだ、

「△△ちゃん、元気でいるの?九月に入ったら会おうね」

小学校四年生からの幼ななじみからのメール。

電話はしてきても、めったにメールなどしてこない相手だ。

多くの人がお盆に帰省するのと同じ、この時期だから私を思い出したのかもしれない。

まだ、生きているんだけど。

冗談はともかく、実はこの幼ななじみも、Oさん、Fさんも、病をくぐり抜けてきた。特に幼ななじみは、長い間二ヶ月ごとに難病のため、病院と自宅との生活を繰り返してきた。それがここ数年、入院してしないのだ。

だから、こうして会えることがすごく嬉しい。

みんな、いつまでもいつまでも、元気でいてほしい。



ayame1999 at 00:24|Permalinkあれやこれや 

2006年08月18日

無銭飲食!

フラメンコのレッスンを終えてから、五人でレストランへ。

早く帰宅しようと思っていたが、まだお教室に入りたての方に、

「ご一緒によろしいですか?」

と問いかけられた。

「ええ、もちろんです。○○さんと帰りにご一緒するの初めてですものね、一緒に食事いたしましょう」

先に帰るなんて野暮なことは言う訳がない。

喜んで時折利用するレストランへ向かった。

○○さんとは横須賀ライブで一緒になり、それをきっかけにお話しする機会を得た。レッスンの時、そばで踊っていてもなかなかお話しするきっかけがなかった。ライブの日からは、急に前から親しかった仲間のような感じで接することが出来る。何だか不思議だった。

私はひと足先に店を出たいので、時間のかからないビーフカレーセットを注文。会話を楽しみながらも、忙しく食べ終えると運ばれてきたアイスコーヒーも流し込んだ。

「あ、美味しかった、それじゃ、お先に失礼するわね」

皆に挨拶をし、席を立つ。

ドアに向かうと壁一枚隔てた奥のテーブルにいたので気付かなかったが、同じクラスの生徒仲間が二人で食事をしていた。

二人に二言、三言声をかけた。

その間、店員さんが一瞬レジの前に立ったが、私は堂々と店を出てきた。

さてさて、電車に乗ってしまってから

「あれえ、大変ダー食事の代金を支払っていないヨー」

店にいた仲間にすぐに電話を入れるが何れの人も留守電になってしまう。

無銭飲食だ。

個人経営の、あのお店の人はいつも親切に手間を嫌がらず、一人ずつお会計をしてくれる。だから、あの時も、私が帰るのを察知して、一瞬、レジの前に立ったのだ。

それなのにー。

単に払うのを忘れてきたわけではなかった。

普段先払いのコーヒー店で軽食をとっているため、確信をもって

「ああ、もうお代は済んでいるんだわ」

との思い込みで、立ち去ったのだった。

だからよけいに、「恥ずかしい」

家に着くと、メールが届いた。

「心配しないでいいですよ。たまには私にご馳走させてくださいね」

一緒に食事していた普段お世話になっているおネイ様からだ。

内心、まったくあなたったらしょうがないわネー、と笑われる覚悟していたのに、ひと事もそんなことは書いてない。

私の馬鹿さかげんを、何だかフォローしてくれた気がする

本当に、私は恵まれている。

アリガタヤ、アリガタヤ。

 

 



ayame1999 at 01:02|Permalinkあれやこれや 

2006年08月16日

ご先祖様、お許しを...。

お盆真っ只中、行ってきました、フラメンコのレッスンへ。

さすがに電車もすいていた。

といっても、小田急線は座れることなどほとんどないのだから、相変わらず、1時間ほどの車中は立ちっぱなしだが、それでもいつもと比べると快適。

昼間のレッスンが始まると

「きょうは少ないね」

と先生のお言葉。

巷では、何処もかしこもお盆休みだというのに、私は何処にも行く所がない。

いえいえ、本当は誰かさんと一緒にお墓参りに行かなければならないのだが、パスして、私はフラメンコ街道まっしぐら。

テニス狂いのこの誰かさん、若かりし頃に車で一時間ほどの公園墓地を取得してから、お墓参りが大好きで、休みの日など私が遅く起きると、

「ただいま、おはか参りにいってきた」

と張り切って報告し、驚かすことしばしばあるのだ。

私からみると、中に入っている親に手を合わせに行くのではなく、趣味としかいいようがない。

もっとも、私の分も足を運んでくれるので、ご先祖様もお盆にフラメンコを踊っていても、許してくれると思う。

盆踊り、というものもあるぐらいだし。

さて、レッスンは、バルマは表打ち、左右に腰を使いながらの足は裏打ち。

足だけの裏打ちは何とかなりそうだったけど、一緒にパルマの表を入れるのは難しい。

逆に、足が表でパルマが裏の方が楽だ。

うーん、次々と難題が押し寄せてくる。

練習しても練習しても、ちっとも追いつかない。

何だか、次に次にいろいろな事件が起って、法律が後手後手になって追いつかないのと似ている。

キャー、こんな発想しか出来ないから、私は駄目なんだわ・

信じよう。

いつかはきっと身体で感じられる日が、やってくることを。

 

 



ayame1999 at 01:14|Permalinkフラメンコ 

2006年08月14日

ジャズの街へ

横須賀へ、ライブを観に行ってきた。

前半は音楽演奏だった。

パーカッションをふんだんに使って、耳で聴くだけでなく、目でも楽しませてくれた。

そして最後の曲の演奏になると、真っ白な衣装の女優さんみたいな踊り手が静かに登場。そして次に、男性と別の女性が登場する。筋書きのあるお芝居を演じているように踊りは展開していく。

三人は私がフラメンコの踊りの教室でお世話になっている諸先生方である。

たくさんの大きな舞台で踊ったり演じてきただけあって、体からほとばしる表現が抜群、

「かっこいいよー」

とひと声かけたくなるが、いえるわけがない。

二部は、カンテ(フラメンコの唄)とギターとバイレ(踊り)のみの舞台。

三人とも、その人だけにしか出せない個性を発揮した素晴らしい踊りで、曲の途中で拍手が鳴ってしまう。

私も思わず拍手。

「あれ、、出るじゃないの」

パルマの練習をしているとき、こんなに大きな音は出ないのに....。

一曲、一曲の中に、苦しみ、耐え忍んでいるやるせなさ、そして喜び等が全部ひっくるめられて入っている感じを受けた。

来たかいがあった。

アメリカ海軍の街、ジャズの街、スキゾチックな街に、興奮を残したまま電車に乗り込んだ。

とてもよかった、という感動した気持ちを舞台の上の人に判ってもらうためには、精いっぱいの拍手とハレオ、そして終了後に話す言葉で伝える方法しかない。

いい舞台を観るたびに思う。

もっと違う方法で感動したことを伝えることが出来たらいいのに..と。

「そうだ!今度、ジェスチャーでやってみようかなあ」

 



ayame1999 at 00:53|Permalinkフラメンコ 

2006年08月12日

自分を聴かなければ..

午前中に一つだけフラメンコのクラスレッスンを受けてきた。

出ました。

やっぱりコントラが..。

でも、苦手な私にとってはありがたいこと。

足のコントラはひとまずおいといて、パルマの方は、正直なところ、私はこれまで、表しか打ってこなかったから、その咎めが今出てきている。

正確に出来ていないことを思い知らされるから、おかげで、よけいに、やらねばならぬ、という意気込みが出てきた。

帰宅するとテーブルの上に置きっぱなしにしておいたメトロノームを引き寄せ、パルマの裏打ちをしてみる。

それを録音してみた。

音が重っくるしく入っていて、「こんなんじゃ駄目だ」と首を左右に振ってしまう。

でも、確実にタカタカと交互に入っている箇所もあった。

気持ちいい音というのは、流れがある。

そういえば踊りも、個人レッスンの折は録音するけれど、まったく一人だけの音を録音したことはない。

今後機会があったら試してみよう。

まあそんなに自習することなどないのだけど。

さて、明日は、私が習っているスタジオの先生が、横須賀で踊る日。

カンテも知り合いだから(この表現は大変失礼だ。大先輩が正しい。)すこ゜く楽しみ。

きょうは帰宅途中、雷と、豪雨に見舞われ、駅前の道路は

「川の流れのように」なっていた。

明日も同じようになるかもしれない恐れがあるとのこと。

電車がとまってしまったら大変。

早めに出発したほうがいいかもしれないな。



ayame1999 at 23:54|Permalinkフラメンコ