2013年01月06日

感触..第690編

          「もなかのあれやこれや」
さあ、私にとってのお正月気分は今日で終わり。
明日からは通常の日々に戻る。
というより、やっと夕方、賑やかすぎる忙しさから、ゆったりな時間に戻っている自分だ。

さて、今年は、私にとって節目の年。
何だかいい感触を抱いている。
いい方向に行くように、フラメンコ、マンドリン諦めず。
それには、色々な面で、心して、目標を持たなければ。

一番目。
もう少し、ちょっと心の余裕を持って、もう少し穏やかな自分になりたい。

人間だから腹を立てたり、落ち込んだりするのは当然だけど。
同じ生きているのなら、気持の良い解釈で過ごした方が楽だもの。

まだまだある。
「もう少し...」
「もう少し...」
「もう少し...」
「もう少し...」
「もう少し...」

指折り、希望や目標を声に出して云い、頭に叩き込んだ。
だから、脳の奥深くに埋め込んでしまったから、その言葉は書かず。

二番目。
逞しくなろう。
すでに充分強すぎるので言葉を変えて、

たくましくなろう!

今年の年初の反省。
何だか子供の成長期過程のような目標だなあ。
もう少し気のきいた目標を立てればいいのに..。
でも、気のきいた目標は、
「ないっ」

『もう少し もう少し先 進みたい』







ayame1999 at 22:18|Permalinkあれやこれや 

2013年01月01日

2013年1月1日

shogatu
明けまして 
   おめでとうございます。


新年を迎え
良い年になると信じ
日々大事に過ごしていきます。

きっときっと皆様にとっても
素晴らしい年になりますように!
   
2013年元旦
  


ayame1999 at 21:24|Permalinkあれやこれや 

2012年12月29日

温もってきたよ...。

              「時々ポエム温もったよ
足が冷たくて毛糸の靴下をもう一枚履いたよ
手も冷たいから、両頬にあてたよ

コーヒーのみながらテーブル見回したら
見えないのに賑やかな声が聞こえてきたよ

画像 028瞼を閉じ声を聴いていたら
コーヒーが冷めてしまったよ

だんだん足と手が温かくなってきたよ
おかしいなあ
のんだのは冷たくなってしまったコーヒーなのに

温まってきたのは
思い出がいっぱい詰まったテーブルのせいかな
それとも魅惑的なコーヒーの香りのせいかな

今年さん、
お世話になりました
いろいろ有り難うね

新年さん
きっと面倒をおかけします
いろいろよろしくね



ayame1999 at 17:59|Permalink時々ポエム 

2012年12月26日

頂きました...。

         「もなかのあれやこれや」
今週も有り難いことに、一年の締めくくりになるような時間を持つ事が出来た。

まず、東京にて参加しているマンドリンクラブの練習と忘年会。
二つ目は、写真の個展に見逃さず行けた事。
三つ目は、年に一度、楽しみにしているクリスマスディナーショーへ。

最後は、今日。
20代の頃から続いている二人と昼間の忘年会が出来た。
一人とは数ヶ月に一度は会っているけれど、三人一緒の時はそうあるものではない。
でも、どんなに間隔が空いても、すぐに昨日の延長のように言葉が出てくる。
「来年も元気でいてね」
互いにかけ合う言葉が、胸に響く。

そしてフラメンコディナーショーでは、
「乾杯」
グラスをかかげると、今年もこのホテルに来れたことに心から感謝。

このディナーショーは毎年独特の雰囲気がある。
席についた途端に、どうか来年も...、と願うのが常の私だ。

話は逸れるけれど、テレビチャンネルを変えていた時、ある高齢の女性が映っている場面で手が止まった。
農家の人だったろうか..(記憶していない)

でも、はっきり覚えている言葉がある。
「はい、来年もトシをまた一つ頂きます...」

いいなあ、いいなあ。
その言葉。
歳をとるのではなく頂くなんて!

私もその気持ちを真似たいな。

或る場所で。
或る人に。
或る言葉に。
或る作品に。
或る出来事に。
今年もたくさん頂いた想い。
「アリガトウ!」
来年も歳と共に、たくさん頂きたいな〜。

『欲張りと 知りつつ両手 前に出し 』



ayame1999 at 21:59|Permalinkあれやこれや | フラメンコ

2012年12月20日

あなたは光っていますか..。

             「もなかのあれやこれや」
16日にあった衆議院選。
結果は前回惨敗だった自民党が大勝利。

分裂したり、くっついたり。
負けたり勝ったり。
新しい政党が生まれたり、消えたり。

時代は繰り返すというけれど、ものすごい速さで変化していく昨今。
数年後、私がこのブログを読む時、世の中は、どんなふうになっているのだろう。

人間的に光る政治家がいっぱいいて、世の中を明るくしてくれればいいなあ。
少しでも戦争に向かう道に近づくような世の中に、絶対にしてほしくないなあ。

一党の驚くような台頭に心配性の私。
やっぱりあの心配は取り越し苦労だったと、あとになって思いたいなあ。

話は変わって、夕食時の時間に戻る。

お腹がグーグー。
久しぶりに向かった、寿司店。
値段もネタも、一度味わったら、とても他店には行けないお気に入りのお店に向け、車を走らせた。

大通りと違って信号が少なく、ほとんど車専用のような道路。
走る車の台数がとても増えた。
でも、歩道がなく外灯もないから、道は真っ暗。

オットオオ!
危ないよ。
真っ暗な上下服でマラソンしている人。

オットトトト!
自殺行為だよ。
黒いコート姿で歩いている人。
すぐそばまで来て気付かされる。

最近近所では、夜マラソンをしている人達の中には、光る靴や衣服で走っている人を見掛けるようになった。
黄色く光る。
テープのようなものを、貼り付けているのだろうか。
広い歩道を走っていても、ちゃんと付けている。

でも、皮肉なものだ。
人がほとんど通らず、車専用のような道路。
おまけに照明がなく歩道もない道路で、夜のマラソンをする人。

そういう人にかぎって、真っ黒な上下の人が多い。
いったい何度ハットさせられた事か。

私はメガホンをもって叫びたい。

自分の命は自分で守っておくれよー。
どうか、いっぱい光る人になっておくれよ〜。
『忍者さん 光ってる方が 今流よ 』

ayame1999 at 00:47|Permalinkあれやこれや 

2012年12月17日

後ろを振り返るつもりではないけれど...第685編。

            「もなかのマンドリン&あれやこれや」
今日は衆議院の選挙日。
投票用紙を持って、思ったら...。
ガア〜ん・
ない。  
当日都合が悪いからと期日前投票に行った家族のせいで、私のものが何処かへいってしまったと判明。
でも、運転免許証を提示して、無事に済ます。

これでやるべき事はちゃんとやったからねー、と安堵。

そしてマンドリンの今年最後の練習へ。

新しい曲が4曲配られすぐに合奏。
ヒイヒイ言いながらだったけれど、それぞれの曲、二回弾いたらなんとなくかっこがついてきた。
新しい曲をすぐ..は辛いけれど、皆真剣で新鮮だ。

いつもより二時間も早く終えると、今度は忘年会。
駅前の居酒屋さんにゴー。

1年なんてあっという間。
ついこのあいだ忘年会をしたと思ったのに..。

一人ずつ一年の反省やら希望やらを手短に述べていく。
スパッスパッ。
気持ちがいいくらい皆、簡潔だ。

幹事役の男性が、会員になったのは平成元年だから自分の場合は、すぐに何年経ったか判りやすいのだ、と言う。

続いて今度は私の右隣の男性が、自分は戻ってきてから4年が経ったと言った。
「うっそ〜」
長年在籍していたけれど、やめてから十年以上もブランクがあってから戻ってきた人。
ついこの間だと思っていた私は愕然。

時の経つ速さに怒りさえ覚えてくる。

お決まりのコースで二次会のスナックへ。(今はスナックなんて古い言い方なのかも)

私は久し振りに口が回らないほど飲んで身体がぐらついていた。
懐かしい歌を仲間が歌ってくれる。
その他にも、
「ねえ、あの曲を唄って」
私はリクエスト。
もっぱら聴くことに専念。

どうしたのだろう。
毎年同じ光景なのに、特に今年は泣けて仕方がなかった。
懐かしいムード歌謡を聴いては目をつぶり。
隣の人の優しい言葉を聴いては、ぐっと堪えた。

「ねえ、どうしたの....」
仲間の女性が、涙腺が弱っている私を訝る。
自分でもよく判らない。

「ねえねえ、昔を振り返って懐かしんでいるんじゃないわよね。歴史を感じて泣けてくるのよね」
私は誰ともなく、救いを求めるように投げかけた。

「そうだよ、そうだよ」
カウンターに座っている別の仲間が、振り向いて私に答えてくれた。

フラメンコの中ではクラスによっては私が一番年上。
でも、ここでは一番年下。
当たり前だけど、いつまで経っても追いつきはしない。

途中で会の名前が変わったりしたけれど、確実に、三十年は経過した事を確認し合った。

何だか知らないけれど、やけに皆の若い頃の顔がだぶって泣けてきた。

甘ったれな自分。
私は人を引っ張る事よりも引っ張られる方が好き。
いつまでも、皆、元気でいてもらいたい。

もう酔いは覚めたようだ。


ayame1999 at 00:09|Permalinkマンドリン | あれやこれや

2012年12月10日

愛の贈り物

   「もなかのフラメンコ&心の寄り道」
愛こそすべての舞台の最後に、出演者達の腕が観客席に向かって、宙に舞った。
会場に歓声が上がる。
何か、私の胸にあたった。
真っ赤なカーネーションだ。

こんなにお花って重たかったかな。
とても重量感を感じた。

とっさのことで、両手を広げる時間もなかった。
でも、膝元に2本のっていた。

ラッキー。

私は隣の席に目を移す。
「どうぞ」
一本差し出した。
「いえいえ」
隣同士に座っていながら、互いに初めて顔を見合わせた。

見知らぬ人は、遠慮して手を振る。
「一本ずつ、コップにさしておきましょうよ、」
幸せが飛んできたような感じがした。
一人では、もったいなさすぎる。

その人は、じっと私の顔を見た。

「もしかしたら..5月頃の舞台に出ていた方ですか..」
発表会の事を言っていた。
まったく言葉を交わしていなかったのに、赤い贈り物がつなげてくれた。

「来年もあるのですか、もう決まっているのですか..」
「ハイ」
私は飛び上がらんばかりの声で、日付と、曜日まで付け加えた。

舞台は愛だけでなく、赤い糸まで教えてくれた。

余韻を胸に包み込み
「せっかく銀座まで来たんだもの、きれいに飾られたイルミネーションを見ていきたいナー」

銀座で仲間とお茶。
そして、人でごったがえす銀座を、キョロキョロしながら、テクテクテク。
おのぼりさん状態。

真っ暗になるまでの時間には、ちよっと中途半端。
それでも、暮れかかった街が彩られて、目を楽しませてくれる。

「さようなら」
先に帰る仲間と別れ、私は一人の腕を引っ張るように誘い、二人で表参道付近へ。

早く真っ暗になりますように...。
買うあてもないお店の中をウロウロ。

そして、テクテクテクテク...。

もっともっと歩いて行こうね。
テクテクテクテクテク。

「やっぱり帰ろう..」
踊るのは何時間も平気なのに、若いカップルで賑わう街中は疲れる。

もう昨日の事になってしまったのに、まだ私の胸の中には、舞台の余韻が詰まったまま。



ayame1999 at 11:27|Permalinkフラメンコ | 心の寄り道

2012年12月05日

悲しいニュース..。

             「もなかのあれやこれや」
12月に入って早々、2日にトンネル天井崩落事故が起きた。
場所は、中央高速道路、笹子トンネル内。

ニュースを知った私、ぞっとしてしまった。
何回も、何回も通ったことのあるトンネル。

一人で運転している時もあったし、友人を乗せ走ったこともある。
朝早く迎えに来てくれた仲間の車に載せてもらい、数人と一緒に走ったことも度々。
車窓の景色を眺めながらの時間は、まるで子供の遠足ように胸躍らせた。

でも、この笹子トンネルに入ると、緊張した。
長い長いトンネル。
『早く出ないかなー』
前方が明るくなり、トンネルを終えた時の安堵感。
「フー」
力が入っていた肩がストンと軽くなった。

夏の帰省時期の渋滞に巻き込まれ、長い時間、トンネルの中にいたこともある。
『崩れて閉じ込められたら、どうしよう』

不安な気持ちになるのは、何処のトンネルでも同じ。
でも、特に、長い笹子トンネルの時は、恐怖心に襲われた。

今回の犠牲者はこれから未来ある若者たちの集団と、仕事中の人達など。
数秒の違いで...。
あまりにも、お気の毒だ。

高速道路の一日の通過台数はいったい何台ぐらいなんだろう。
毎日毎日、振動。
まして、地震国。
歪んで当たり前の事。

そう考えると、私の恐怖心は、けして、よけいな心配ではなかった、ということになる。

そうだ!
東北に行く時の新幹線の中、たくさんのトンネルに入る度にも感じた気持ちだ。

さて、もうひとつの悲しいニュース。
歌舞伎俳優の勘三郎さんが亡くなってしまった。

テレビの昼間番組で、勘三郎さんが歩んできた足跡や功績をまとめて流していた。

古いものを大事にし、様々な舞台作りに挑戦してきた方。
時には歌舞伎界から批判が起きたことも。
歌舞伎を壊す..とまで酷評されたこともあったという。

でも、結果はどうだったか。

壊すどころか、歌舞伎の面白さをたくさんの人に伝えた。
古いものだけに固執するのではなく、伝統を大事にしながら、歌舞伎を後世に繋いでいった方だった...とのこと。

ふと、スーパー歌舞伎を始めた市川猿之助さんの事を思い出した。
やはり、伝統ある歌舞伎と同時に、新しい歌舞伎も、たくさんの人に伝えた方だ。

歌舞伎ファンではないけれど、惜しい方が逝ってしまったのだな、とつくづく思った。



ayame1999 at 15:18|Permalinkあれやこれや 

2012年12月02日

変わらぬ風景かも...。

              「もなかのあれやこれや」
金曜日、私は珍しく最寄りの駅から、下り線20分ほどの駅に降り立った。

久しぶりに降りた駅は、ずいぶん変わっていてびっくり。
あったはずのお店がなくなっていたり。
或いは、別の種類のお店に変わっていたり。
大きなホテルが閉鎖され、工事用の壁にぐるりと囲まれていたり。

何だか、ちょっとおセンチになってしまった。

キョロキョロしながら、デパートから大型スーパーになってしまった目的のビルへ。

六階、いやいや七階だったろうか。
用事を済ますと階下へと、エレベーターに乗り込む。
数人と一緒に乗り合わせた。

途中のフロアで止まり、乳母車を押したママさんが降りた。
変わって乗ってきたのは老夫婦。

「あ〜、びっくりした!交通事故に遭うとこだった」
奥さんが、口を尖らせた。
「何が?」
のんびり口調の夫が、きょとんとしている。

「まあね、事故にあっても別に大けがはないけどね」
「だから、何が!」
「わかんない人ね、乳母車よ。まったく今の人は..」
乳母車にぶつかりそうになったのだと夫に八つ当たりしている。
関連して、別の文句も続ける。

私の口から何か出そうになった。
もしもし...と。
でも、堪えた。

全ての人ではないけれど、若い人は年寄りに腹を立てる。
老いてくると若者に文句をつけたくなってくる。
昔からの構図だ。

でもなー。
ちょっと後悔。
「正面に立っていらしたから、ぶつかりそうになったんですよ。降りる人が先ですもの」
オホホホホ。
にこやかな顔で云いたかったなー。

今は、注意したら命を取られてしまう世の中だけど、あの老夫婦だったら、その心配はないのだもの。
でも、代わりにあの気の弱そうな夫が、奥さんに八つ当たりされるかも。
黙っていて、正解だったのだろう。
☆ホームページに本の感想を更新しました。



ayame1999 at 01:27|Permalinkあれやこれや 

2012年11月23日

続、とうとう師走がやってくる

           「もなかのフラメンコ&あれやこれや」

12月8.9日に愛こそすべてという舞台がル.テアトル銀座であり、その公演がスペインのフェスティバル・デ・ヘレスに招待されたことを前回記した。
その舞台を銀座で観れるのだから益々楽しみが膨らんだと。

その12月の事とは別に、師走目前になると、様々な事にけじめのようなものを付けたくなってしまう自分がいる。

月が変われば、それは忘年会という事になるのかも。
現に、日付は戻るけれど、先週の金曜日に、気心が知れたゴルフ仲間と会い、五人でビールのジョッキで乾杯した。
早すぎるけれど、一年の締めくくり、には違いない。

でも、そういう事とは違う。

先延ばしにしていた事を片づけてしまいたい事。
ご無沙汰ばかりしている友人、知人に会いたい。
忙しくなる前に、あの事も、この事も。

『そうだっ!』
携帯電話も、ひと区切りをつけたいと思っていた。
だから、一ヶ月ほど前にスマートフォンに変更した。
やっと、重い腰をあげたのだ。

でも..。
恥ずかしい。
使いこなせなかった。
きっとそのうちに慣れるさ、と思ったけれど、根性がない。
ギブアップ。
新品にはなったものの元の機種に戻してしまった。

でも不思議に思う。
タブレットは難なく使いこなせている。
もちろんパソコンだって。
どうしてスマートフォンだと出来ないのか。

仕方がない。
スマートフォンだったら、一つで済んだのだろうけれど...。
通話とメールだけの携帯電話と、文字が大きいタブレットの二つを持つことに。
画像 026
「スマートフォンに手を出すな」
と自分にいいきかせている次第だ。

この言葉。
どうも読み終えた、逢坂剛著の「フラメンコに手を出すな」、というタイトルが強烈に頭に残っているようだ。

相棒に手を出すな、という小説を読んだら、続いて、読みたくなってしまった本。
師走がやってく前に、ホームページに感想を書きたいな。

フラメンコに手を出すな、の方は小説ではない。
交友録として、いろいろな方との会話。
これが、とても、いろいろな意味で面白く読めたので、
ぜひに..。

ayame1999 at 22:32|Permalinkフラメンコ | あれやこれや

2012年11月21日

とうとう師走がやってくる..第680編

           「もなかのマンドリン&フラメンコ」
日曜日は、生涯学習のように勉強されていた方々の集まりに呼ばれ、マンドリンクラブで演奏してきた。

ここ数年依頼していただき、ちょっと嬉しい。
その度に、参加されている方は入れ替わるとの事。
飽きるのではないかと心配したけれど、安堵。

皆さん、どんな事を学んだのだろう。
とても興味が湧いた。

私は演奏と司会担当。
皆さんの向けられている視線がとても熱心で、緊張してしまった。
ちょうど一時間ほどの演奏会。
時間を気にしながらコメントを入れていく。

映画音楽の説明をしたあと、それでは、三曲続けてお聴き下さい、と云って演奏に没頭した自分。

時間オーバーをしてはいけないと、プレッシャーがあったに違いない。

演奏が終わったあと、私は立ち上がりハンドマイクを持った。
「三曲続けて、お送り致しました」
思い切り、にこやかな顔で云ったつもりだ。

どっと笑い声が起こった。

「まだよ、まだ二曲しかやってないわよっ」
四方から、仲間の小さな声が飛んできた。

「申し訳ございません、間違えました。ハイ、まだ二曲でした」
私は、学校の先生に廊下に立たされているように、直立不動になった。

でも、おかげ様。
いっぺんに緊張がとぎほぐれた。

大きなホールとは違い、100人ぐらいまでの収容スペースまでだったら、演奏と兼ねる。
メモを見る時間もないので、私はドジをしてしまった事が何回も。
でも、思い出すと、そういう時の方が、場が明るくなった記憶がある。

そう思ってしまうこと事態が、いい事なのか、悪いことなのか...。

来月の最初には、今年最後の演奏をしに行く場所がある。
居直り精神ではなく、少しでも失敗を少なくし、心を込めて演愛こそすべて 024奏出来るようにしたい。

さて、話は変わり、フラメンコ。

スタジオにレッスンに行ったら素晴らしい知らせが待っていた。

12月8日、9日、ル.テアトル銀座にて、私が通うフラメンコ教室が主宰する公演がある。
何と、その舞台が、三月に、スペインのヘレスに招かれたのだとの事。
すごい!
愛こそすべて
12月。
その舞台を銀座で観れる。
楽しみが何倍にもふくれあがってきたしだいだ。   

ayame1999 at 01:41|Permalinkマンドリン | フラメンコ

2012年11月16日

その背中..。

                   「もなかのフラメンコ」
木曜日のレッスン後。
「あ〜疲れたナー」
と思いながらも久しぶりに自習。

個人レッスンにしろ群舞にしろ、録音したものを後から確かめると、

『どうして、こんなに同じことを繰り替えし教えてもらっているのに、あの時、出来なかったんだろう』
聴きながら呆れてしまうこと多々。

よし、今度こそ、ちゃんと覚えた。
と思ったら、またまた、自分でアレンジしてしまい別のものになってしまっていたり。

まるでミステリーのような境地に陥ってしまう。

という事で、せっかくの自習の時間を取ったので、耳だけで確認するのではなく、今度は自分の姿をビデオで撮ることにした。

タブレットの中にビデオの機能がある。
私はカバンから取り出し、丁度いい角度になるようにセット。
ちょっと前だったらビデオを用意したもの。
今は、便利だ。

終了後。
へとへとに疲れた身体を引きずり、近くのカフェにたどり着いた私。

遅い昼食をまずお腹の中に入れると、撮ったばかりのビデオを開く。

『おかしいな〜、もっときれいにステップを踏んでいたと思っていたのに..』
『おかしいな〜、腕が...』
『おかしいな〜、音程が...』
『あー、おかしいな、おかしいな』
首を傾げた回数は何度あったことか。

どうしてビデオには嫌な所ばかり映っているんだろう。

でも、すぐに思い返した。
ダメ出しばかりで正解なんだと。
だから、楽しいともいえる。

毎回撮って見るのはきついものがある。
でも、客観的に自分の後ろ姿を見つめる事は、いいかも。
背中の姿。

自習の時、これからも、たまにでいいから撮ってみようと思った。

でも、心がけておかなくてはいけないことがある。
発表会後に観るDVDと同じ。
反省ばかり。
必要以上にがっかりして、自信を失ってしまわないように、くれぐれも気を付けなければいけない。
           「本の感想、ホームページに更新しました」
『背中より 私の気持ち 撮してね』



ayame1999 at 14:36|Permalinkフラメンコ 

2012年11月10日

向こう側は未来に向かって..。

「もなかのあれやこれや」
今日、マンドリン関係で演奏会場に向かう時のことだ。

我が家の最寄り駅で、線路を挟んだ反対側のホーム端に、運転手さんの勉強中の社員だろう。
腕章を付けた征服姿の5、6人と、指導者らしき人が二人の集団の姿があった。

回送列車が入ってくると、車掌さんに皆で元気よく敬礼し、説明を受けていた。

その姿が、何とすがすがしかったことか。

村上春樹著のアンダーグランドを読んだ時、地下鉄の職員さんが数人登場した。
運転手さん。
駅構内での仕事の人、と様々。
子供の頃から憧れて、やっと入社した人がいたり。
鉄道という仕事について、細々と触れていた。

まだ記憶が新しいから、彼らがたどり着いた過程を想像してしまい、よけいに微笑ましくてならなかった。

上手な運転手さんになればいいなあ。

さて、マンドリンの演奏の場に行ってびっくり。
いつもギターを弾いている仲間が、マンドリュートを担当し弾いていた。

前回この方とは、月に一度だけ参加しているクラブの練習を終えた時、一緒に帰宅した。
あの時、どういうわけか、私は急にギターを弾くたくなって、
「このクラブでは、マンドリンからギターに変わろうかなあ」
と言葉にしてしまった。

その言葉に、すぐにカバンを開けると、いとも簡単に
「変わればいいよ...」
と、その日練習した数曲の楽譜を全て貸してくれた。

私はその時の事を思いだし、合点した。

この方はギターの他に、コントラバスも弾いている。
だから、今更マンドリュートを担当しても、そんなに仰天することではなかった事に気付く。

ト音記号でなく、へ音記号の楽器だって、即、頭の中で切り替われるからこそ、可能な事だ。
私には神業としか思えないこと。

そしてまた別の男性は、マンドセロを演奏するだけでなく、フラメンコのパリージョを素晴らしく繊細な動きでかき鳴らしていた。

哀しいな。
悔しいな。
フラメンコを踊っている私よりも、それはそれは細かい音が出ている。

プロ集団ではないから、人数が足りないパートに仕方なく移る場合もある。
全ての人ではないけれど、何となく二つも、三つも別の楽器を必要に応じ、こなす結果となることも。

そういう人は、私が血迷ったような事を口走っても普通の事として捉えてくれるのだろう。
だから、当然のようにカバンから出し私に差し出してくれたに違いない。

改めてそう思った。

私は帰宅すると借りた数曲の楽譜を開いた。
「う〜ん」
何で、あと先考えず口走ったのだろう。
たぶんお手上げだ。

私は頬杖をつく。
ホームで見た、制服姿の集団が蘇って来た。

学ぶことは歳なんて関係ないとはいうものの、全てあたっている言葉ではない。
自分の場合は気力だけが頼りだった気がする。

でも、フラメンコを踊っているんだもの。
せめてカスタネットの曲が入る時ぐらいは、真っ先に手を挙げ、怖気なく、しなやかに、鳴らせるようにならなくては...。

フラメンコに申し訳ない。

借りたギターの楽譜。
早く返そう。
でも、一応、コピーだけはして。
『反対の ホームの中に 我重ね』

ayame1999 at 23:33|Permalinkあれやこれや 

2012年11月03日

その目は冬を飛び越えているけれど..。

             「もなかのあれやこれや&フラメンコ」
寒いよ〜。
時は待ってはくれない。
暑さを超え、やっと心地よい日々が、と思ったら、あっという間にグッバイ。
身体を縮こめてしまう季節となってしまっていた。

何もそんなに急がなくてもいいのに。
もっともっと、じっくり人生を楽しませておくれよ、と云いたい気分。
でも、いったい、誰が私の願いを叶えてくれるというのだろう。

融けない雪道だったら、今年の10ヶ月間の足跡を残せたかも。
ハタ、と気がつくと何をやってきたのか忘れてしまうことが多すぎる。

もちろん何があったかぐらいは予定表を見れば判る。
でも、感じた想いは流れていってしまう。

このブログは、過去の自分に出会える大事な場となりつつある。

さて、来春の4月にお教室のフラメンコの舞台がある。
その舞台の為の振付も始まった。

私は集中して必死に覚えようしているこの時期が好きだ。
以前は苦手だったけれど..。

今は、ひたすら順番を覚えていき、そして余裕が出来てくると曲と踊りに身をゆだねる事が出来るようになっていけるはず。
それまでの過程の数ヶ月間が、大好きだ。

フラメンコに限らず、そして好きな事だけでなく、全てについて言えること。
さして目標なんて持たずに、淡々と続けてきた気がする。

これからだって同じ。

淡々といこう。

でも、目は寒さを飛び越え温かな春を見ていても、心の中の融けない道には、一歩一歩、飛び越えずに歩んでいきたいよー。

「やっと、ホームページに、新しく読んだ本の感想を追加しました。」

ayame1999 at 23:26|Permalinkフラメンコ | あれやこれや

2012年10月26日

「作家の値段」を読んだあとで...。

                「もなかの心の寄り道&あれやこれや」
木曜日、フラメンコレッスンの帰り、私は数人の仲間と高輪に向かった。
これまでにも数回拝見した事のある、女流版画家の方の個展に出向いたのだ。

日本文学の太宰治、川端康成、林芙美子、宮沢賢治..等の小説を読み、作者の方がイメージした世界が、版画になっていた。

気の遠くなるほどの緻密な線。
独特な描写。
不思議な世界に導かれてしまう発想の驚き。

一本の線も見逃すまいと、私は額縁に顔を寄せていく。

さて、会場のギャラリー。
書店になっており棚に高級そうな本がズラリと並び、奥がギャラリーになっていた。

「普通の本屋さんじゃないなー」
雰囲気から、古書店だとは判る。
でも、何だか、私が見慣れている古本屋さんとは、ちょっと違うような。
並べられている本から私は語りかけられている気がした。

版画をじっくり鑑賞し終わり外に出ようとすると、名前と住所の記入を勧められ、順番に書いてゆく。

私は最後。
自分の番になるまで、古書店の棚を眺めていた。
昔出版された興味がある本を見つける。
腕を頭の上に伸ばし、手にとった。
後ろの頁を確かめる。

初版になっていた。

「やっぱりなー、もしかしたら、ここのお店は...」
他の本も大事に抱えると、後ろの頁を確かめた。

思った通りだ。
その店は、初版と限定本を扱う古書店だった。

偶然すぎるー、!
私は、不思議な力を感じた。

ちょうど、直木賞作家の出久根達郎氏の作品、『作家の値段』を読んだばかり。

内容は、日本文学の24人があげられ、初版ものか或いは限定版で、作品によっては、20万円、30万円も値がつけられる本がある事が書かれていた。

条件として、カバーと帯があること。
それは稀の本だとしても、数千円、数万円になってしまう本がたくさんあることを知る。

著者の出久根氏は、古本屋さんを経営しながら作家になった方だから、古書の世界は詳しい。
故にとても面白い。

でも...、まだ少々、ピンとはきていない部分もあった。

それが!
初版もの、限定で出版された本を扱っているという古書店に、私はやってきたのだ。
まるで招かれるように。

偶然すぎる。
出久根達郎さんに
『ほらね、ボクの書いたことは間違いなかったでしょう...」
と云われている気がした。

何て、良き日であったのだろう。
こんな素晴らしい版画の鑑賞に行けたうえ、おまけに、思いがけず読んだばかりの興味津々の世界に入り込むことが出来たのだから。

書きたい書きたい、と思いながら後回しにしてまだ書いていない他の本の感想もある。
近日中に、一緒に、まとめてホームページの方に残しておきたい。


ayame1999 at 22:50|Permalink心の寄り道 | あれやこれや