2007年07月05日
握手
「もなかのマンドリン」
日曜日、老人ホームにて、マンドリンクラブの先生、仲間と十四、五名で演奏に行ってきた。
演奏途中、楽譜からふと顔をあげると、じっと目を閉じて聴いている人、首を上下に振っている車椅子の人、楽しそうに目を見開いている人などが目に入ってくる。
『よかった...』
私はほっとする。
自己満足に弾いているのではないか、と心配になることがある。演奏会は音楽に興味がある人が足を運んでくれるが、老人ホームでは楽器の演奏が好きな人ばかりではない。
昔は今回のように老人ホームに訪問した時は童謡を必ず入れた。しかし最近はシャンソンが好きだから、或いはジャズが気に入っているから聴きたいという声をきくことがある。
私が80歳90歳になった時、どんな曲を望むのだろう。童謡でない事は確かだ。もっともこんな長生きは出来ないと思うけれど。
「時間がおありでしたら、どうぞ皆の間に入って少しお喋りしていってください」
着替えている間に会場は机が細長く二列に並べられていた。職員の方に案内され、メンバーそれぞれ入所者の方たちの間に座り、お菓子と飲み物を頂いた。
私は正面に座っている細長顔のとても柔らかな眼差しをしている男性に話しかける。名字をきく。見惚れてしまうくらい和やかな顔立ち。
「○○さんは音楽は好きですか?」
「ハイ」
とても小さな声で答えてくれた。名字は教えてもらったが、ナゴヤカさんという名が似合う。
ナゴヤカさんは右掌を胸に当て唇を長いこと動かした。
しかしほとんど聞き取れない。
「あのね、このおじいさんはつい最近までハーモニカを吹いていたんですよ、でも、身体を悪くされて吹けなくなったから、淋しいって言っているんですよ」
若い女性職員が聞き取れなかった声を通訳してくれた。胸を押さえているということは心臓が悪いのだろうか...。
「よかった、それじゃ音楽が好きなんですね...。どんな曲が気にいりましたか、花かしら、浜辺の唄かしら?」
立て続けに訊いた私にナゴヤカさんは頷いたり、ゆっくり唇を動かしてくれたり...。
「おじいさん、この方ね、フラメンコの踊りも踊れるんですって、今度観たいわねー」
そばにいた仲間が職員の人に雑談がてら私のことを話したようだ。ナゴヤカさんは目を見張ったと思いきや、すぐにその目を細めた。
「早く元気になってハーモニカ吹けるようになってくださいね。それにはいっぱいご飯食べなきゃね」
私がそういうと、ナゴヤカさんは、お皿の上の細かくフォークで切られたアンドーナッツを口の中にほうりこんだ。そしてもうひとつ、もうひとつ、またひとつ、と食べていく。手の動きはゆっくりだけど、きちんと口に運んでいった。
あちらこちらから賑やかな声がきこえてくる。
これまで20年間の間にはたくさんの老人ホームで演奏させてもらってきた。身体が重度に不自由な人のホームや、デイケアのようなホームと様々な中、こんな交流の場を持ったことは初めてのことだ。
一時間近く経っていただろうか。
「おじいさん、もう皆さん、帰るんですって、ありがとうございましたって言いましょうよ」
職員の方がナゴヤカさんにぴったりと寄り添って言ってくれた。私はぐるりとまわりナゴヤカさんの横で腰を屈めた。
「きょうは、聴いてくださってありがとう」
握手をする。
思っていた以上に力が返ってくる。
小さな声で何か言ってくれた。
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この記事へのコメント
私ももなかさんのマンドリン、聴いてみたいです。
ナゴヤカさん、きっともなかさんのファンになられたことでしょうね!
そしてほんの一瞬の出会いでも、ものすごく影響を与えてくれる人っているのだな..と考えてしまいました。
ナゴヤカさんは、確かに何かを私に教えてくれました。
