2012年11月10日

向こう側は未来に向かって..。

「もなかのあれやこれや」
今日、マンドリン関係で演奏会場に向かう時のことだ。

我が家の最寄り駅で、線路を挟んだ反対側のホーム端に、運転手さんの勉強中の社員だろう。
腕章を付けた征服姿の5、6人と、指導者らしき人が二人の集団の姿があった。

回送列車が入ってくると、車掌さんに皆で元気よく敬礼し、説明を受けていた。

その姿が、何とすがすがしかったことか。

村上春樹著のアンダーグランドを読んだ時、地下鉄の職員さんが数人登場した。
運転手さん。
駅構内での仕事の人、と様々。
子供の頃から憧れて、やっと入社した人がいたり。
鉄道という仕事について、細々と触れていた。

まだ記憶が新しいから、彼らがたどり着いた過程を想像してしまい、よけいに微笑ましくてならなかった。

上手な運転手さんになればいいなあ。

さて、マンドリンの演奏の場に行ってびっくり。
いつもギターを弾いている仲間が、マンドリュートを担当し弾いていた。

前回この方とは、月に一度だけ参加しているクラブの練習を終えた時、一緒に帰宅した。
あの時、どういうわけか、私は急にギターを弾くたくなって、
「このクラブでは、マンドリンからギターに変わろうかなあ」
と言葉にしてしまった。

その言葉に、すぐにカバンを開けると、いとも簡単に
「変わればいいよ...」
と、その日練習した数曲の楽譜を全て貸してくれた。

私はその時の事を思いだし、合点した。

この方はギターの他に、コントラバスも弾いている。
だから、今更マンドリュートを担当しても、そんなに仰天することではなかった事に気付く。

ト音記号でなく、へ音記号の楽器だって、即、頭の中で切り替われるからこそ、可能な事だ。
私には神業としか思えないこと。

そしてまた別の男性は、マンドセロを演奏するだけでなく、フラメンコのパリージョを素晴らしく繊細な動きでかき鳴らしていた。

哀しいな。
悔しいな。
フラメンコを踊っている私よりも、それはそれは細かい音が出ている。

プロ集団ではないから、人数が足りないパートに仕方なく移る場合もある。
全ての人ではないけれど、何となく二つも、三つも別の楽器を必要に応じ、こなす結果となることも。

そういう人は、私が血迷ったような事を口走っても普通の事として捉えてくれるのだろう。
だから、当然のようにカバンから出し私に差し出してくれたに違いない。

改めてそう思った。

私は帰宅すると借りた数曲の楽譜を開いた。
「う〜ん」
何で、あと先考えず口走ったのだろう。
たぶんお手上げだ。

私は頬杖をつく。
ホームで見た、制服姿の集団が蘇って来た。

学ぶことは歳なんて関係ないとはいうものの、全てあたっている言葉ではない。
自分の場合は気力だけが頼りだった気がする。

でも、フラメンコを踊っているんだもの。
せめてカスタネットの曲が入る時ぐらいは、真っ先に手を挙げ、怖気なく、しなやかに、鳴らせるようにならなくては...。

フラメンコに申し訳ない。

借りたギターの楽譜。
早く返そう。
でも、一応、コピーだけはして。
『反対の ホームの中に 我重ね』

ayame1999 at 23:33│ あれやこれや