マンドリン

2012年10月02日

瓦礫の埋め立て地へ..第670編

             「もなかのマンドリン&あれやこれや」
ここは横浜の県民ホール。
日曜日、私は、東京のマンドリンでお世話になっている指揮者の方が出演する明大マンドリン倶楽部、現役画像 021学生とOBのメンバーが演奏するコンサートにやってきた。

始まる前に、昼食に6階のレストランへ。
窓際に案内され、
「わー、すごい!」
窓辺に広がる海の景色に、見惚れる。

左側には、赤レンガ。
右にはベイブリッジ。
真下には、山下公園。

「ここは関東大震災の時に出た瓦礫を埋め立てて、出来た場所なんだそうですよ」
私の真向かいに座っている方が、いろいろ横浜について説明してくれた。

一人で来るつもりでいた私。
「どうせ一緒の場所に行くのだから...」
と、数日前、仲間の一人が誘ってくれた。
おかげで、私とは初対面の方二人を交え、5人で、美味しいランチと会話を楽しむことが出来た。

このレストラン。
景色だけでなく、食事がとても美味しかった。
何よりも値段が安い。
コースもあるけれど、千円のランチも有り、デザート、飲み物、サラダバーまでついていた。
予約して早い時間に行けば、最高の景色を眺めながら、魅力的な値段で豪華な時間を満喫できる。

山下公園辺りをいつか訪れる機会があったら、その時は早めに予約を入れ再度行きたいと思っている。

一人で来ていたら、こんなパノラマな景色を見れなかったし、お得なランチとお喋りも出来なかった。
感謝、感謝。

「終わるまで、台風ひどくならなければいいですけどねえ.」
私の真向かいに座っていた方が、空を見上げた。

台風を心配して、コンサートをキャンセルした人もいるかも..と思った私。
でも、ホールに入ると、みるみるうちに大きな会場が人で埋まっていった。

幕が上がった。
どの曲も本当に素晴らしい。
特に気に入った曲をあげるとするならば、ベトナム公演で喝采を浴びたという
「おしんのテーマ曲」
昔、NHKの朝ドラだった。
ベトナムでも放映されて人気が有り、リクエストされたのだとのこと。

そして、
「津軽組曲より 夏」
だった。
マンドリンとマンドラの演奏は、高度な三味線さばきには髣髴させられた。
画像 022
そしてゲストの山本リンダさん。
数回舞台で拝見した事がある。
変わらず、迫力あるダンスと唄。
もう60歳を超えている方なんて、思えない。
日々、身体を鍛えているんだろうなあ...。

『私も、こんなにおもいっきり身体を動かす事がいつまでも出来たらいいのになあ...』
たいした病気なんてしてないのに、ちょっと感傷的になってしまった。

アンコールに
「枯れ葉」
も演奏してくれ、幕は降りた。

終えて出口に向かうと、次々に傘の花が開いていった。

雑談の折り、私の知らなかった興味深い話をたくさんしてくれた、初対面の二人は関内方面へ。
私を含めて三人は、みなとみらい線の日本大通りに。

「さようなら...お元気で..」
台風が迫る中、早々と帰路に向かう。

無事に我が家に到着出来、
「ほっ!」



ayame1999 at 00:21|Permalink

2012年09月09日

せっせ,セッセ、セッセと..。第665編

            「もなかのマンドリン」
マンドリンの大きなコンサートを控えている。
九月に入って練習日は毎週。

フラメンコのお教室は、何年も夜のクラスにも行っていた。
でも、カンテと同様、すっかり時間的に無理になって行けなくなってしまい、ミセスだけで我慢している。

心の中ではもんもんとするばかり。
でも、無理をしてはいけない、と自分にいい聞かせていた。

そんな日々の中、10月にマンドリン演奏会が決定した。
vene
夜、やっと自分の時間になると練習。
外に音は漏れるに違いない。
いくらご近所が理解あるからといっても、甘えてはいけない。
いつものごとく、ある時はハンカチを、或時はティッシュを弦の間に挟んで練習。

時々、指の痛みに襲われる時があるけれど、最近では、フレットを押さえるのも、ピックを持つ指も力を抜けるようになった。

身体だったらちょっと手が、ちょっと足がというように...。
性格だったら、何処か私のように抜けているように...。
少しくらいなら、弱いところがあってもいい。

工夫しながら、我慢できない時は休ませれば、普通の人にとって難しい事だって、長く続けられる。
頑丈すぎると、何も有難味が判らなくなる。

この自分は、己しか判らない弱点ばかり。
だからまた素晴らしいコンサート会場で演奏出来る事。
有難くて、嬉しくてたまらない。

今回は男性だけの少人数だけど合唱も入る。
「アイヌの印象」
という曲は壮大な風景が浮かび、悲しい旋律には胸を締めつけられる。
「信じてェくれますかァァ~」
と、貧しい画家を唄った百万本のバラ。
歌詞が聴こえてくると、弾きながら泣けてしまう。

出演者の方は私よりずっとずっとキャリアと年代も先輩の方々。

ウン十年所属している地域のマンドリンクラブとは別。
東京で月に一度参加しているクラブのコンサート。

こちらの演奏会では、次回は出演出来るか判らない、という思いで、舞台に上がらてもらってきた。

二年振りの演奏会で、今回で三回目。
これまで同様。
胸を借りて、頑張りたい。

さて、毎回、杉並公会堂が満杯になってしまうコンサート。
今回は案内状の招待ハガキが皆に配られた。
お客様はこのハガキを持参とのこと。

もしかしたら、マンドリンに興味があってこのブログを読んで下さっている方もいるかもしれないな...。
ご興味ある方がいらしたら、お知らせください。
ハガキで送らなくても、印刷してメールでも届けられるし。
きっと簡単な方法もあると思うので。

まるで夜なべ仕事をしているように、せっせ、せっせ、セッセ、セッセ...とこの週末も練習場で過ごしたしだいだ。



ayame1999 at 18:38|Permalink

2012年07月11日

私だけではなかった...。

           「もなかのあれやこれや&フラメンコ」
日曜日の朝、千葉の金谷に向かっている途中の事だ。
アクアラインの両側の東京湾を私は交互に見つめていた。

あとどのくらい走ったら到着するのかなー..。

月に一度参加している東京のマンドリンクラブの一泊合宿。
行き先は千葉の金谷にある保養施設。
私は近場の駅まで迎えに来て下さったメンバーの車に同乗させてもらった。

運転席の人が、軽い咳をした。
「大丈夫ですか...、どうぞ、ご無理しないで下さいね」
私は後ろから声をかける。

聞けば、数日前に高熱を出し、かかりつけの病院で注射を打ってきたとのこと。
自分も同じく数日前に9度7分の熱を出し、なかなか下がらず苦しんだばかり。
故に他人事とは思えない。
長時間運転して疲れないか心配だった。

いやいや、その人ばかりではない。
隣の、そして、助手席の人も軽い咳をしている。
効けば、熱こそ出していないけれど、体調を崩していることを知った。

『な〜あんだー、私だけじゃなかったんだー』
同病相哀れむ...というか、親近感までわいてきてほっとしてしまう。

「本当に乗り心地がいいですねー」
自分の家のオンボロ車とはまるで違う超高級車。
私だったら怖くて、絶対に近づきたくない車種だ。
でも、乗る側になるのは大歓迎。

私はまだ喋ると咳が出てくるので、飛び交う話に耳を傾ける事に専念。
前の席の二人は仕事の延長の話をしている。

『へーえ..、その仕事に関した、中国の実態はそんな感じなんだー』
私は心の中で呟いた。
テレビなどで知る情報とは全く違う。
聞いていて面白い。
『へーえー、あの国で入札する時は..』

会社を経営していて主に東南アジアを頻繁に訪れているお二人。
一人はジャスダックに上場までさせた人だと仲間から聞いた事がある。
隣の方も、似た仕事をしてきた方で...、時々二人の話の説明を小声で私に通訳するように教えてくれた。

メンバーの中には本当に様々な方がいる。
一番嬉しいのは、絶対に自分の口から、職業の話はしないことだ。

今回のように、自然の成り行きで仕事の話になり、聞いている自分にとっては、生きた勉強、生の講座を聴きに何処かの会場に来ている感じを味わせてもらえた時は嬉しい。
社会勉強させてもらっているみたいだ。        
umi
さて、到着。
「何てきれいなの!」
窓から見えた海にうっとり。

先程、助手席に座っていた方は一曲20パート以上の楽譜を書き続け、もう二人はギターを抱え、厳しいダメ出しの指摘に、少しでも近づけようと必死になっていた。

私は、..といえば、
『あ〜ん、腰が痛いよー』
周りの人に弱音を吐き続け、頻繁に足を組み替えたり、椅子を換えてみたり。
数日間、寝続けた反動がきているのか..。 
落ち着かない事、甚だしい。                                  

 あの三人、そして他の方達の真剣さに比べると、今思い出すと申し訳なさで身が縮んでしまう。

さてさて、話が前後してしまったけれど、マンドリンの合奏と比べ、確実に太い方の軸のフラメンコ。
今、私は土曜日にフラメンコのフィエスタを無事に終えることが出来、ほっとしている。

今回は特に、やりたかった事が実現出来、とても嬉しい。
去年の震災の時に一ヶ月延長された舞台。
その折り、ミセスの仲間と一緒に唄いながら踊った曲がある。

とても情感がこもった曲。
唄えば唄うほど好きになった。

『いつか、もう一度できたらいいなあ..』
何も具体的になんて考えていない。
でも、胸に秘めていた。

それが、全て同じ振りではないけれど、形を変えて生まれ変わった。

発表会で唄いながら踊らせてもらったペテネーラと同じ。
それは、何年も、何回も皆と一緒に唄いながら踊ってきた体験があったからこそ、実現出来た事は云うまでもないこと。

フラメンコに
「ルンベーラ」
と呼ばれる方がいる。
たぶん、ルンバを唄いながら踊る方の事だと思う。

私が経験させてもらったのは、何と言えばいいのだろう。
いい名前があるといいなあ。
なかったら、誕生したら、いいなあ。

フィエスタの会場、サラアンダルーサでは、
「あ〜、何ていい曲なんだろう、」
心の中で必死に、
『無事に唄えますように』
と願いながらも、この曲の素晴らしさに酔いしれていた。

フィエスタの出演者の中にも去年一緒にこの曲で踊った仲間がいた。
だから出演者の合同練習の時、不安だけど、力をもらえていた気がする。

終演後、お客様とちょっと言葉を交わせる時間があった。

「あの曲をやったのね.♪♪♪♪ ♪♪...」
去年一緒に同じ曲を共有したクラスの一人が、ニコニコ顔で声をかけてくれた。
思いもよらなかったようだ。
その笑顔を見ると、途端に私の嬉しさが二倍に膨らんだ。

千葉に向かう途中、私だけでなく三人も体調をくずした事を知って
「ワーイ、自分だけじゃなかったんだー」
と喜んだ私。

フラメンコの時も、意味は違うけれど、
「ワーイ、この曲が好きなのも、自分だけじゃなかったんだー」

いろいろあった数日間。
今日あたりから、疲れきっていた身体も、少し戻ってきたような気がしているのだけど..。

『 一年後 曲と再会 胸キュンと』
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
フィエスタは下記のように催されました。
ARTE Y SOLERA  Fiesta
会 場 :サラアンダルーサ
日 時 :7月7日(土) 19:00〜
カンテ  :クーロ・バルデペーニャス、瀧本 正信
ギター :鈴木一義
パルマ :佐藤浩希、 末木三四郎
出 演  :「鍵田真由美.佐藤浩希フラメンコスタジオ生徒」



ayame1999 at 13:36|Permalink

2012年07月01日

こだわり..は大事です。

          「もなかのあれやこれや」

月に一度参加している東京のマンドリンクラブで、私は問われて返答に困ってしまった。

秋に控えている大ホールでの演奏会で、マイクを使用するか、しないか...。

前回は弦楽器はもちろんのこと、各楽器にほぼ全てにマイクを設置した。
多くの観客が迫力があって良かったと喜んでくれた。
でも、歓迎されなかった事実があったことも知った。

マンドリン合奏の演奏で有名な大学では、決してマイクは使用しない所と、積極的に使用する所と分かれる。

忠実にクラッシックの姿を守るべきか。
或いは、プロの演奏家ではないのだから、お客様に喜んでもらえる音を優先するか。
それとも、最小限の本数のマイクに絞るべきか。

皆はきっと、ちゃんとした考えを持っているに違いない。
私は、意見を求められても、無責任のようだけど言えなかった。
全く判らないから。

「おまかせいたします」
というほかなかった。
現実に何十年も続いている地域のマンドリンクラブでも、私は何も考えたことはない。
おまかせするばかりだった。

今回、或る方が、論文のように詳しく、ホールでの演奏における音響についてまとめたものを作成して皆に配ってくれた。

「なるほど!」
初めて知ることばかりだった。

「へーえ〜、サントリーホールの会場の形は、アリーナ型っていうんだー」
「他にシューボックス型や..客席が葡萄畑のようになっている型...」
「ありゃー、ホールや、客席によって残量時間が違うんだー」
誤差の秒まで書いてあった。
その他、各国の有名なホールについても、インターネットはもちろんのこと、図書館にも足を運んで調べ、詳細に書かれていた。

私は恥ずかしくなった。

こんなに皆が演奏を大事にしている。
言葉を変えれば、きちんとした、こだわりを持っている。

私は何もない。
繊細さも...。

簡単にいえば、アバウト。
こんな自分が、本当に演奏が好きといえる資格があるのだろうか...。

「....」
もう一度考える。
「....」

音楽は大好きだけど...。

同じ曲を演奏して、ひとつのものに仕上げることが好き。
今更ながら、
『たぶん、同じものを共有して向かっていく事が好き....なんだろう』
と思った。

8.9日は一泊のマンドリン合宿。
そして前日の土曜日はフラメンコのライブ。

今回のお教室主催でのライブでは、私にとって、こだわりがある曲を踊る。

それにしても、一日違いで続くので、
「あ〜、もっと合宿が別の日だったらいいのになー」
と嘆いたら、マンドリンの仲間の一人に言われた。

「あなた、だぶってなくて、よかったわね。運がいいのね..」
と。

そうか!
考え方で、ものすごく笑顔になれる。

こんな場面が何回あったことか。
ここには書かないけれど、私だっていろいろネガティブに成らざる得ない事だってたくさんある。
そんな時、何気ない雑談の折り耳にしたひと言で、急に気持が楽になれた事がある。

有り難いことだ。

まずは、七夕様の夜のライブにては、全力が出し切れますように...。
そして、次の日の、約一年半振りの合宿では、少しでもマンドリンが上手になれますように..。

自分ながらの、こだわりを掲げて、臨みたい。
ガンバルゾー。


ayame1999 at 01:36|Permalink

2012年03月19日

CDの中にいる人達。

           「もなかのまんどりん」
マンドリン練習に行くと、先週地域のイベントで演奏した時のCDを頂いた。

聴きに来てくれていたメンバーのご主人が録音し、写真が印刷されたCDを作成してくれたもの。

「聴きたい、聴きたい...」
練習が始まる前に皆から、一斉に声が上がった。

部屋に備えられているオーディオにセットしスタート。

「なかなかいいわね」
「演奏がいいんじゃなくて、録音した器機がいいからじゃないの...」
数人の声。
私は、その意見に頷いた。

全て聴く時間はなく、途中でスイッチを切る。
次回の時までに、他の人が人数分を作ってきてくれるとの事で、私はCDを先に頂いて帰宅した。

夕食の支度をしながらCDを流していた。
まな板の上の包丁の手が、時々とまってしまう。

「なかなかいいわね」
と言っていた感想は、まんざら間違いではないな、と思えてきた。

『今はいい時代だな...』

何十年も前に、私が最初に録音器機を使用した時は、まるで電子レンヂくらいの大きさの箱の形をしていた。
すでに小さなものも売り出されていたけれど、

「この方が、しっかりきれいに録音が出来る」
と或る方から云われた言葉を信じ、求めた。

それがテープ、MD、ICレコーダーに変わっていき、今使っているものは同じICでも音が非常に良くなっている。
おまけに安価。

利用方法はたくさんある。
それは、使い方次第で、学べる事もと言うこと。
でも、私はまだまだ使いこなしていないな..。

話が逸れてしまった。

料理を手早く拵えてしまうと、私はオーディオの前に座り、じっくり耳を傾けた。
たまには、こんな時間の過ごし方もいいものだ。
『CDの中 過ごした時間 詰め込まれ 』

ayame1999 at 00:46|Permalink

2012年03月11日

一年が経って...。

         「もなかのマンドリン&あれやこれや」
昨日の土曜日。
私は、ハンドマイクを手に取ると、立ちあがった。

最近、年に数度演奏させてもらえる機会を頂いている公民館。
40分程の時間の枠で、結構な曲数を演奏することになっている。
プログラムに書かれている曲数を演奏するのだから、無駄なお喋りは必要ない。

でも、数曲弾き終えたあと、これだけはどうしても云いたい、という言葉があった。

「去年は気がついてみると、いつの間にか、桜が咲いていました。寒い冬を一生懸命耐えてやっと咲いてくれたのに....。今年は去年の分まで春を楽しみたいと思います。それでは、春づくしの曲を、三曲続けて演奏致します...」

すぐに座り、先生の指揮棒を見つめた。
指揮棒の先に、真剣な目をして聴いてくれるお客様の顔が背景となっていた。

丁度終了時間ぴったりに終えた。
アンコール曲は用意していない。

でも、お客様はほとんど席を立たずアンコールと叫んでくれる。
立ち上がりたくても身動きできない。
結局、時間オーバーしても構わないとOKが出て、賑やかな曲を弾き、演奏を終えた。

メンバーほとんど参加していたので、迫力があったと思う。
演奏するこちら側も楽しませてもらった。

最近、テレビのニュースを見るたびに憤りを感じていた私がいた。
それが、久し振りに、心が晴れ渡った気がする。

『支え合うとは...どういうことをいうのだろうか....』
ずっと頭にこびりついていたのだ。

瓦礫処理を東京都は受け入れた。
でも、多くの市では、放射能の数字をきちんと調べたものを..と説明されても、反対している所が多い現実。

反対している人の中には、
津波の様子をみて涙した人もいただろうに。
義援金をたくさん寄付した人もいただろうに。
なのにどうして?

意見が違う人がいるのは当然。
惜しまずに手を差し伸べている多くの人だっていることも知っているけれど。

でも、原発が大爆発して、何百キロ圏内の人達は避難せよ、といわれ着の身着のままで避難しなければならなくなったら。

私も含めて、その時に事の重大さに気付くのかもしれない。

土曜日。
地域の方々の前で合奏演奏に没頭でき、そして、聴いてくれる場に居合わせてみて、

「聴き入ってくれた人の笑顔も支えになっていたなー」
と思えた。
いろいろな支えがあるのだ。

でも本音は、瓦礫処理問題で
「ほんの少しのリスクを背負うのも、支えあう..という言葉に当てはまるのでは...」
と云いたかったのだけど。
『目の前に 座ってる人に 支えられ 』



ayame1999 at 02:08|Permalink

2012年02月20日

貴重な時間

         「もなかのフラメンコ&マンドリン」
フラメンコ曽根崎心中が、赤坂にあるノベンバイレブンスで木、金曜日にかけ、三回あった。

私も、足を運んだ。
大好きな作品。
これまで二千人近く入る舞台や、芝居小屋、銀座で..と様々な場所で観てきた。

いつも舞台の上を見上げてきた私。
今回は、目の前で観れるなんて...。

いったいどんな感じかなあ?
或る、場面だけを抜き出して、踊り演じてくれるのかなー。

一週間前に、それはそれは濃いフラメンコの踊りを堪能したばかりの場所。
同じ場所で、今度は、いつも大きな舞台で観てきた大がかりな作品をお店の中で観れるなんて...。

でも、
どんなふうに?

私の頭では想像することさえ出来なかった。

始まってみると驚きの連続だった。
大きな舞台上を見つめて来た時と、伝わってくるのは何ら変わらない。

ただただ、
「こんなに間近で、こんなに贅沢な思いをさせてもらって、本当にいいのかなあ..」
という思いでいっぱいになった。

これからの公演を含めても、きっとめったにお目にかかることの出来ない機会に遭遇した気がする。
希少な時間を体験した貴重な時間だった。

さてさて、日曜日はマンドリンの練習。

私は休憩時間に隣の仲間と、お喋りをしていた。
おばさんバンドを...という話が出た。
ずっと以前から云い続けてきた彼女だ。

「あのさー、私はドラムをやりたいのよ、だから○○さん、エレキ習ってよ!」
「出来るわけないじゃないの」
「できるわよ、ちょっと三カ月ぐらい習ってきてよ!」
「せめて、フォークソングにすれば?」

「いやよ、私は、かつらかぶって、バシバシやりたいのよ、おじさんバンドは多いけど、おばさんバンドはないから、面白いと思うのよ」

彼女の言葉には熱がこもっている。
月に二度しかマンドリンに集まらない私達。
確かに、数時間前に来れば、練習出来ないこともないけれど..。

彼女はメンバーに心当たりがあるのだろうか。

「私はね、あなたと違って、残された時間がないのよ、だから貴重な時間なの」
すでに、近所にドラムを教えてくれる人を見つけているという。

私だって彼女に負けないくらい、歳から数えても残された日々は貴重な時間。
だからこそ、フラメンコも、マンドリンも後悔しないように渾身の思いを注いでいるつもりだ。

故に、彼女の気持ちはとてもよく判る。

数十年一緒に練習してきた仲間。
有言実行の性格はよく知っている。

まさか、金髪の長い髪の毛の、かつらは持ってこないと思うのだけど...。
次回会う時には、どんな感じてやってくるのか、ワクワクする自分がいる。

『ファンになる おばさんバンド 出来たらね』



ayame1999 at 02:42|Permalink

2011年12月21日

ごめん..やっぱり変わったね.。

           「もなかのマンドリン」
日曜日
はマンドリンクラブの忘年会だった。
反省や抱負、最近夢中になっている事等を、順番に述べていった。

ベースの人が
「マンドリンの原点でもあります、リュートに挑戦しようと思っているんです..」
遠慮気味に云う。
途端に、
「弦は何本あるの?」
「どんな形をしているの..、バラライカみたいに平べったいの?」
質問が四方から飛びかう。

話はどんどん広がっていき、楽器の制作についてまで及んでいった。

例えばスペインの高価なギター
はたして、湿気が多い日本に持ってきて、そのままいい音色が出るか....?

「ケースの中に入れておく、乾燥剤があるじゃないの」
女性の一人がいえば、そんな簡単な事では済まないと却下されてしまった。
家の中の温度まで気を配るとのこと。
もっとも、目玉が飛び出る程の高級な楽器の事だろうけれど。

「どうして、マンドリンはマイナーなイメージがあるのかしら....バイオリンオーケストラに入っているのに..」
女性の一人がつぶやいた。

「調弦がくるうからですよ。バイオリンは弦が緩んでも、自分の指で音を調整しながら演奏出来るでしょ。でも、ギターやマンドリンはフレットがあるからね..」
誰からというわけでなく、男性陣の口が一斉に開いた。

「そうそう、日本の作家さんの楽器もバカにしちゃいけないですよ」
思い出したように云ったのは、日本酒を呑んでいたマンドラを弾く男性。

「ちゃんと気候に合わせているし、何より、日本人は器用なんだから」
私はその人が新しいマンドラを求めた時の、
「音色に一目惚れ」
した経緯を思い出し、頷いた。

話が一巡するとクラブの歴史話に花が咲く。
「25年じゃないよ、名前が変わる前も入れると、もっとだよ」
「キャー、いやだわ、みんな年をとるはず」

会長さんが当時からいる私と数人の女性に向かって
「でも、本当に昔と全然変わらないね、いつまでも可愛らしくて...」
何て優しいんだろう。
こんなおばさんになった私達に。
くすぐったい程のお世辞でも、感激。

二次会のスナックで、隣に座った優しい言葉をくれた会長さん。
私の耳元に囁いた。

「さっきはああ云ったけど...ごめん。やっぱり..」
ちよっと間があいた。
「◎◎さん、やっぱり変わったね。ウン、ごめん」
遠い別の顔と比較でもしているのか、私の顔をまじまじと見た。

「何さ、わざわざ訂正しなくても、鏡を見ているんだから解っているわよ!」
掌で背中をバシバシと叩きたくなった。

でも、叩けない。
この方だけでなく、他の男性陣も、誰に対しても親切なのはずっと変わらないこと。
叩けるはずないよー。
『お願いよ お世辞を言ったら 撤回無し』


ayame1999 at 11:45|Permalink

2011年12月12日

お弁当と「今」のお月様

「もなかのマンドリン&あれやこれや」
土曜日の朝9時を過ぎると、我が家から近くの小学校に向かった。

近所にあるグループホームでマンドリン合奏をすることになっている。
伺う前に、練習が必要。
生涯教育の場所として市民に解放されている小学校の教室で集合することになっていた。

一時間半ほど合奏すると、徒歩12、3分で着いてしまう場所だけど、数台の車に乗って施設に向かった。

今回は場所が狭いということで、近所のメンバーを主とし、少ない人数での演奏。
何だか、心細かった。
それでも、
「弾きたい、弾きたい」
という最近自分でも驚いている衝動の、深夜のハンカチ練習が役に立ったようた。
いつもより演奏が出来た気がしている。
(気のせいもあるかも..)

グループホームというのは大きな老人施設の縮小版のよう。
民家の立ち並ぶ一角にあり、外見は普通の家。
施設には見えない。
これからは、こういうホームという名の施設が増えていくのだろう。

演奏を終えると再び小学校に戻って来た。

「わー、豪華!」
足の短い長机に座布団を敷き、顔を見合せながら座っていた私達。
グループホームで頂いてきたお弁当の蓋を取ると、歓声があがった。

「ここの仕出し屋さんはとても評判がいいお店なのよ」
割り箸袋に書かれているお店の名前を仲間の女性が読みあげた。

「美味しいわね!」
お腹がすいていた私は、豪華な懐石料理のようなお弁当にぱくつく。
いろいろな場所で弾く機会を頂いている中で、貴重な体験をさせて頂いているのに、

『こんな美味しいお昼をご馳走になっていいのだろうか...』
ふと、そんな事を思ってしまう。

そうそう、貴重な体験といえば、演奏が終えた夜のことだ。
我が家の電話が鳴った。

「ちょっと、何してるの。外に出てらっしゃいよ。めったに見れないお月さまを見なさいよ!」
近所のまん丸奥さんからだった。

私は皆既月食の月を観ようと、何度もベランダに出て見上げていたけれど、11時過ぎてからは窓を開けていなかった。
あわてて、外に出る。

『なんて神秘的なんだろう』
高く高くぽっかり浮かんでいる月は、私の目には円ではなく球体に見えた。

時々薄い雲が通り過ぎるけれど、とてもよく見える。
鈍い色。
自分が宇宙ステーションにいて、輝く星の間に浮かぶ、球体としての月を眺めているようだった。

『よかった、電話くれてありがとうね』
時々窓を開けていたことは云わなかった。
現実に一番大切な時間には、忘れていたのだから...。

11時25分くらいから、玄関の前でお喋りしながら何度も空を見上げた。
温かい恰好をしていても、30分近く外にいると寒い。
そして、
「あー、痛い、首が痛いよ〜」
重い頭を支えてる首の根っこが悲鳴をあげた。

「それじゃ、そろそろ..おやすみ」
それぞれ家の中に入った。

寝る前の2時過ぎ。
私は最後の月を見上げる。
すでにいつもの輝く満月になっていた。
宇宙を感じた時間。
あの時のお月さまは、振り返って思い出しても神秘的だった。

忙しさや雑多な事で目の前の大切な一瞬を見失ったり、見なかったりすることが多い。
「今」を見つめられる一瞬。
ありがたい。
まん丸奥さんのおかげで見逃さずに済んだ。

さてさて、翌日はフラメンコ教室のちょっと早い「忘年会」
今年は、忘れたい年、そして、忘れてはいけない年。
久し振りにビール紹興酒をぐいぐい。
乾杯出来たことに感謝。

『お月様 見惚れて我の 首悲鳴   』



ayame1999 at 23:42|Permalink

2011年12月09日

深夜のハンカチ。

「もなかのマンドリン&あれやこれや」

私にとって、遅すぎた春がやってきている。

普通に日常の習慣のように続けてきたマンドリン。
一応はそれなりに頑張ってきたつもりでいる。
でも、何かが私には欠けていた。

何か?とは..。
幾つかある。
例えばフラメンコほど情熱を傾けていないことも一つ。

でも、面白いものだ。
今まで何十年と合奏し、その習慣は空気のようだったのに、最近の私は、マンドリンを抱える時間が愛しい時間になってしまった。

何度か書いている津軽三味線奏者の上妻宏光さんの演奏を聴きに行ってから変わってしまったのだ。

「弾きたいよ..」
「弾きたくて、弾きたくてたまらないよ..」
でも、なかなか時間が取れない。
(消音具)
P1000362私は家族が寝静まるのを見届け、時計を見上げる。
だいたいの日が11時を過ぎている。
リビングの扉をぴたりと閉める。

譜面台を設置し、照明の角度を確認し、ハンカチが弦の間に挟まれたままになっているマンドリンを抱える。
以前は消音の器具を挟んでいたけれど、ハンカチの方が音を消してくれる
から重宝。(楽器を弾く人なら、あたり前のことかもしれないけれど...)
気がつくと一時間近く。P1000361   
「もう、このへんにしておこう」
本当は、もっともっと弾いていたいのに、無理やりにケースに収める。
そして、今度はギターケースのチャックを開ける。

こちらは、最近気に入っている昔のフォークソングの弾き語りを、毎回、同じ曲だけを二、三度だけ繰り返して、終える。
ギターは不器用だけど、楽しいのだ。

今の私には優先して覚えなくてはいけないことが他にあるけれど、全ての時間を費やしているわけではないのだから...自分で、
「良し!」
と決めた。
どんなに細い糸のように頼りなくても....、
どんなに歩幅が狭い進み方でも....、
続けてきてよかったと思っている。

それは長い長い冬眠から目が覚めた気がしているから。
深夜のハンカチが待ち遠しい自分になれたからだ。

『ハンカチは 涙をぬぐい 音も消し』


ayame1999 at 19:59|Permalink