あれやこれや

2013年12月30日

ありがとうございました第750回(最終)。

750回目を迎えました。
そして、9月1日にご案内させていただきました通り、最終回となりました。

2005年7月に開始し半年休み、2006年から定期的に書き続けた8年間でした。
長いようで短く、短いようで、長い年数です。

何処のどなたが読んで下さっているのか私には判りません。
でも、どのくらいの方々が読んで下さっているかは判ります。

「いつまでもフラメンコ」と題しながら、プライベートな事ばかり書き、また好き勝手なことを連ねお気に障った方もいらっしゃったかもしれません。
それでも、飽く事無く、読み続けて下さった方々に、感謝でいっぱいです。
深く深く心より御礼申し上げます。

当初は、このブログを閉じ、自分だけ閲覧可能にして書き続けようと思っておりました。
しかし、日記は紙の方に書くようにし、このまま残す事にしました。
ホームページの方では、時々、本の感想やらを書ければいいな、と思っています。

このブログは、私の歴史の一頁となった気がしています。
また、これからノートに書き留めていく為の助走となりました。
あまりにもパソコンに頼り切っていた昨今。
正しい漢字がはたしてスムーズに書けるか心配しています。

重複致しますが、本当に長い間お付き合い下さり
「ありがとうございました」
               もなかm(_ _)m


ayame1999 at 02:06|Permalink

2013年12月28日

お待ちどう様..。

                         「もなかのあれやこれや」
届いた届いた、昨日、お餅が二枚も。
柔らかいから切るのはまだ早い。
というわけで、一日置いて、
「フー」
やっと先ほど切り終えた。
手間暇かけているから絶品のうえ、更に近所のまん丸奥さんの愛情がこもっているから、美味しさは尚更。

「さっそく、一つ焼いて...」
お餅販売の会社には悪いけれど、これを食べたら、他のは食べられないよー。
(と、言いつつお正月以外は◎◎の切り餅をムシャムシャ食べているけれど..)

そして、31日になれば、だいたい紅白歌合戦の時間帯に
「お待ちどう様」
と毎年のごとく、おせち料理がどっさりと届く。

田舎育ちの奥さんは、普段から料理を作る時は、山ほど拵えるのが常。
「美味しい物は一人で食べるより分けて食べた方がいいんだよー」
と私がウン?歳の頃から毎日のように届けてくれる風景は変わらない。
だから意識的に品数は少なく作っておく。
食べる時間になると、増えるのが判っているからだ。

ということでお正月も同じ。
でも、ちょっと情けない自分もいる。
甘えてばかりの私。
今の私はすっかり、おせち料理が作れなくなってしまった。
作るのは、簡単なものばかり。

でも、今の世の中、デパートや総菜店におせち料理を予約する家庭もあるのだから、あまり自分を責めるのはよそう。

さてさて、暗くなってから出かけ、久しぶりに通ってきた町並みがある。
よく昔は頻繁に走った道。
信号待ちをしながら私はハンドルに胸を近づけて上をのぞきこむように外を見る。
『こんなに変わってしまうなんて..』
と思ったり、
『えっうそでしょ、まだ工事が続けられているなんて』
遙か前に、道幅の拡張だろうか、工事をやっていた記憶がある。
あのときの工事とは別のものかもしれないけれど、同じ場所で同じ光景を見て驚いたり。

変わってほしくない景色は猛スピードで変化していく。
早く終わらせてほしいものは、延々と続いている。
世の中は思うよにはいかないようだ。

そんな中、毎日のように響く、まん丸奥さんの声と風景。
これだけは、延々と続くのは大歓迎。
歳の順番なんて守る必要はない。
私がこの世にいなくなるまで、声を聴かせてほしい。
順番通りになったら、私はお正月、困るもの。



ayame1999 at 22:29|Permalink

2013年12月05日

追いかけて、追いかけられて..。第745

       「もなかのあれやこれや」
喜んでいいのかなあ、いつも追いかけられてばかりで...。
答えは
「ノー」
好意を持っている相手に追いかけられるのなら、それはそれは嬉しい事に違いない。
でもなー。

よく若い頃に、年上の人達から言われた言葉がある。
「私ぐらいになると、どんどん一年が短くなって、あっという間なのよ」
と。
その言葉がひしひしと判る。
一年365日が、年毎に360日、355日、350日間と縮まっていく。
今では、10ヶ月間ぐらいの感じだ。
キャー。
あとウン十年経ったら一年が半年ぐらいに思えてしまうよー。

というわけで、いつも追いかけられている相手は、人ではない。
時間だ。

でも、私の影、シャドーは云う。
「いいんだよ、追いかけてくれるのなら、人でなくたって...」
と。
自分の楽しみばかりをやって...と、胸が痛くなる時が何度あったことか。
でも、はたと気がつく。
誰しも面白可笑しくだけ生きてきた人なんていない。
口に出さないだけだ。
だから必要以上に胸を痛めることはよそう。

ここ数年の間も、自分の楽しみだけと思っていた事が、実はそうではなかった事に気付かされたことが何回もあった。
フラメンコにしても、楽器演奏にしてもだ。

そして最近、私は尊敬出来る人をまた一人増やす事が出来た。
その方は私を叱るように言う。
「一つの事をしっかりやり遂げようと努力出来る人は、何だって出来るようになる..だから頑張りなさいっ」
と。
どこかで聴いたことのある、凡庸な聞き飽きた言葉。
でも、今の私には、強く励ましてくれる言葉。
「セッセッセッ...」
指が痛くならないように、
「セッセッセッ..」
深夜になると抱きかかえるマンドリンやギター。
今までと何ら変わっていない風景だけど、ちょっと演奏の中身が違う。
二年間は必死になって挑戦しようと決めた事がある。

いつも時間に追いかけられてばかりだった。
それが、残された時間を惜しむように、時間を追いかけていく日々が続いている。
どんどん短くなっていく一年間。
叶うなら、一年を千日間にしてほしい。

ayame1999 at 23:48|Permalink

2013年11月19日

命を刻んで..。

           「もなかのあれやこれや」
テレビの前で、始まるのを私は待ちかまえていた。
NHK番組クローズアップ現代で、亡くなってしまった、大好きだった作家の一人、
「山崎豊子」を取り上げるのを知ったからだ。

一口に言えば、社会派の人。
権力、国家という大きなテーマを根底にした分厚い本が多い。
どの作品も長い年月を費やして書かれた作品ばかり。

徹底的な取材と、膨大な資料を調べ上げて書かれた作品は
「もう一度読み返そう...」
なんて、重みがありすぎて、とても言えない。
この気持を誰にぶつけたらいいのかと、嗚咽したことが何度あったことか。

私の友人の一人に、御父さんがシベリアに抑留されていたという人がいる。
また、戦争孤児という言葉は、知識としてだけの上っ面だけなら知っていた。
大企業の合併問題等等も。

でも、身近な人が関連していたからとか、知識として知ったなどと並べたものの、本当は知らないことばかり。
深く教えてくれたのは、作家「山崎豊子」のそれぞれの作品だ。

私は、食い入るようにテレビを見ていた。
少しでも大好きな作家の日常を知りたかった。
初めて公開されたという書斎と資料室が映し出された。
生の声が録音されたテープや、資料が入った段ボールは所狭しと置かれている。
秘書の方は言う。
「これを書かねばならない!」
という思いで、
「命を削るように..」
書いていた、と。(もしかしたら少し言葉は違っていたかもしれない...。)

つくづく思った。
人それぞれに役割があるのだな、と。
「これを書かなければ..」
と強い使命感があっても、誰もが書けるものではない。
才能がなければ叶わないのだから。
世に送り出したのは、全てで3600万部だとの事。

たくさんの人に様々な事を伝え残していった方。
こんな逝き方が出来るなんて、羨ましい。

逝ってしまった、と云えば、もうずいぶん前に飛行機事故で亡くなった
『向田邦子』
数冊昔に読んだ記憶があるけれど、今は、
「男どき、女どき」
を読み出した。
面白い。
社会派とは逆で、日常の中を切り取っている。
こちらは劇的な逝き方だ。

どちらも命を削るように、命に刻んで書いていたんだなー。

ayame1999 at 23:57|Permalink

2013年11月18日

クルクル..。

           「もなかのあれやこれや」
血圧が低すぎると検査に行くたびに言われていた。
でも、そんなの昔から。
かえって、高い人よりは心配ないと思いこんでいる。
軽い眩暈は、日常茶飯事。
数年に一度ぐらいは、耐えられない時があるけれど、それでもじっとしていればすぐ回復していた。

その数年に一度が爆発した。

天井がぐるぐる、グルグル、クルクル回って回って回る。
吐く。
一歩も歩けない。
洗面所に行くのに家族の手を借りる。
「やばい」
救急車を..と云うのを必死で止めた。

一日目は飲み物さえ受け付けなかった。
四日間寝続けた。

「良かったー」
元に戻った。

しかし自分でも呆れたのは、フラメンコレッスンで覚えたばかりのブレリアの歌詞を、目を閉じながら繰り返していた事。
そして、マンドリンを想定していたのかギターを思い出していたのかさっぱりわからないけれど、とにかく、右指を動かしていた事だ。

疲れが出たか..。
歳には逆らえないということか。
両方ともあたっている。
ふと数日間の事を振り返った。
一番は、病は気から、という事だから、精神的な事だろう。

さて、心配したけれど、土曜日はまた今年も依頼されていた100名近くの方々の前でマンドリン合奏を無事に終える事が出来た。
演奏と同様、進行役も心配したけれど何とかなったのではないかと思う。

そして、どうしても行きたかった舞台もあった。

家族に叱られてしまう。
『まったくしょうがない自分だ』
強硬に、踊るのは無理だけど、電車に乗ることは出来ると云い、出かけた。
でも、じっと生の演奏や素晴らしい声を聴けたおかげで逆に元気になれた。

もう大丈夫。
弱っていた頭と身体に活力を入れ込んだから、また
「ガンバルゾー」



ayame1999 at 13:39|Permalink

2013年11月10日

生きている背中...。

                  「もなかのあれやこれや」
先月、そして今日の土曜日も(注:書いたのは夜中。実際は日曜日になってしまったー.)音楽を聴きに行く機会に恵まれた。
千人以上収容のホールは、もっぱらクラシック専門。

400人程の今回のホールは、映画音楽やクラッシック等バラエティーに富んだプログラム。
グランドピアノの響きも素晴らしかった。
どちらも特色があって、楽しめた。

流れる旋律は、ざわついた日常から穏やかな世界に運んでくれ心地良い。
生の演奏は、家でCDを聴いていた時とはまた違った時間。

精神衛生上、非常にいいのだろう。
ここ数日間、何かのきっかけで、一瞬にして尖ってしまっていた気持。
そんな鋭い気持ちを滑らかに修正してくれた。

簡単にいえば、癒された。
さてこの癒。
穏やかにしてくれたのは、今回は音楽だけではなかった。

「何てすてきな背中なんだ!」
今までプロ、アマを問わずたくさんの指揮者の背中を見てきた。
流暢な動きや規則正しい指揮。
人それぞれ。
いくら指揮をみていたって演奏が一番だから、客席からは必要以上に注視したり感じたことはない。
でも、今回聴きに行った時の指揮者は..。
繰り返す。
『何て素敵な背中なんだ!』
動きはかえって静かと思えるほど。
後ろ姿のスタイルがいいとか..そういうことではない。
どう説明していいか判らない。

指揮者の背中を見ただけでどういう演奏をこれからしてくれるのか判ってしまうような...。

動いているのに死んでいる背中。
静かにたたずんでいるのに、生きている背中。

踊りもその人の内面が出る、とよく言われるけれど..。
激しいのに何も伝わってこない時もある。
動いてないのにびんびん伝わってくるフラメンコもある。

『う〜ん、』
私の背中は生きているだろうか...。
考えさせられてしまう。


ayame1999 at 00:59|Permalink

2013年10月31日

寒いけれど、気持ちは「ぽっ」..第740

せっかく覚えたカンテ、すっかり唄わなくなってしまいどんどん忘れていく。
そんな私を叱咤してくれるかのように、友人が
「練習をしよう」
と、付き合ってくれた。

そうなのだ!
あの雑踏の中で劇的に出会った人(9月25日のブログにて記)と今日は新宿まで出て行き、カラオケ店へ、ゴー。

マイクを使わないのはもちろんのこと、画面のボリュームも切り、
ひたすらパルマだけで、交代に唄った。
恥ずかしいくらい長い時間唄っていたことになる。
数ケ月に一度でいい。
こんな時間が定期的に持てたらどんなに楽しいだろう。

感謝、感謝。

さて、最近の私は別な事で時間に取られていた。
約、十年ほど前から胸に秘め、夢にみていた事がある。
それが叶ったのだ。
スペイン語で唄うこと、楽器を弾く事、朗読すること(注:マンドリン舞台で朗読させてもらったり、自分のブログを読んでいたくらい..。))
この三つを続けてきたからこそ、実現出来た事。

「何か..」
は具体的に書かないけれど、一つでも欠けると叶わなかった事だ。
ただ好きで続けてきた。
それが何一つ、無駄なものはなかったという事を思い知らされた。

まるで終着駅に着く為に、今まで新幹線に乗ったり、飛行機に乗ったり、路線バスに乗ったりして、やっと到着出来たと思える昨今の心境だ。

ところで、フラメンコは何の乗りものに例えられるだろう..。
即答。
乗り物は必要ない徒歩。
「自分の足」
だ。

レッスンの時間の日々が確かに歩んできた時間。
無性に喜びの時間。
もちろんステップを踏むから足ではない。
確かに自分で歩いた貴重な時間だからだ。

これからも足を止めることはしたくない。
踊りに限らず、今回のように一緒にカンテを唄おうと、復習の機会を作ってくれる人がいるのだもの。
益々時間に制約されるけれど、工夫しながら、歩いていこう。

いつのまにか、すっかり寒くなってしまった。
でも、私の気持ちは
「ぽっ」
あたたかい。


ayame1999 at 00:47|Permalink

2013年10月11日

灯りではなく、明かりの下で...。

              「もなかのあれやこれや」
「なんだか暗いナー」
リビングと、もう一つの別の部屋の照明。
電球を取り替えても暗い。
何年も何年も我慢していた。

しかし、やっと重い重〜い腰をあげ、数日前に家電量販店へ。
本日、取り付けに来てくれた。

「ワーイ、何て明るいんだろう..」
同じ部屋とは思えない。
「こんなに違うなら、もっと早く取り替えればよかったわ」
取り付けをしてくれている二人に話しかけた。
「いやいや、今だから良かったんですよ」

数年まえから話題になっているLED。
寿命年数が長い。
そのかわり、とても高額だったとのこと。
今は、とても値が下がったうえ、品質も良くなった。
だから、我慢して良かったのだと言われた。

もう一つの部屋も別の部屋みたいに感じる。
灯り一つでこんなに印象が変わってしまうなんて!

こういう気持は、昔、電球だったのが、初めて蛍光灯に変わったときの感動と、同じなんじゃないかな...と思った。

日本の夜の部屋は明るすぎる、と言われる。
「外国のホテルのように仄かな灯りがいい。柔らかな照明の方が落ち着ける..」
という人もいる。
でも、夜になってあれこれ行動する自分にはダメ。

二年前の地震直後に経験した停電。
あれを思い出すと、明るすぎるのは何となく気がひける。
でも、明るくなったうえ、電気消費量は少ないのを知った。
ほっ。   

先程テーブルで試してみた。
見違えた明るさの下、本を開いたり、書くことが苦にならない。
livingu
一番長い時間いる場所なのに、目が辛くてやりたい事が思うように出来なかったことがある。
たくさん、たくさん、この下でやりたいな。



ayame1999 at 23:57|Permalink

2013年10月07日

勝負師を前にして...。

           「もなかのあれやこれや」
土曜日に行くはずだった日本女子オープンゴルフ選手権。
雨の為、本日、日曜日に行ってきた。

さすが噂に聞いていた名門相模原ゴルフクラブ。
ひたすら真っ平らなコース。
しかし、吸い込まれそうなバンカーがグリーン周りを取り囲み、高低が激しいグリーン。
パットにも苦戦している選手がとても多く見受けられた。

多くのギャラリーが特定の選手達についていく。
私を含めた四人は、定位置にいることにした。
三番ホールのティーショットと八番ホールグリーンに近かい場所を見つけ、そこだけを左右に行ったりきたり。

足が辛い。
私だけではなかったようだ。

仲間の一人が売店で敷物のシートを買ってくるから、と言い、その場を離れた。
1時間経過。
まだ戻って来ない。
携帯とメールをしたけれど返信なし。
『何かあったのだろうか...』

ずいぶん時間が経過した。
先程は、何も持っていなかったはずなのに、リュックを背負って戻ってきた。
「みんな疲れるとおもったから、買ってきたよ、はい、◎◎ちゃんのもあるから」
青色した簡易椅子は三人。
私には赤い簡易椅子を渡してくれた。

家が近い人だったから、わざわざ戻り、車で買いに行ってくれたのだった。
入場券の半券を見せれば外に出てもオッケーとは判っていたけれど...。
「まさか、車で行くとは...」

世の中には本当に親切な人がいるものだ。
おかげで足の痛みもなくなり、楽になれた。

選手達は途中昼食をとらずに、最後のホールまでプレーする。
私達はそうはいかない。

売店でお弁当を求めた。
テント下に設置されていたテーブルは、満杯。
木陰に四つの小さな椅子を真四角に並べて、食事タイム。

近くに私達と同じように、座って食事をしている人達がいる。
曇り空から青空も見え出している。
のどかで、ピクニックに来たような気がしてきた。

さて、テレビではなく、戦う選手達の生の姿を目にした自分。
画面では感じなかったたくさんの事が伝わってきた。

人はよく、
「オーラがある人だね...」
と表現する。

そのオーラの中身は何だろう。
今回感じたオーラとは?
威厳。
気迫。
太い太い身体の柱。
ぴりぴり感。
勝負する人に特有な何かが身体を包んでいる。

スコアがとても不本意だった宮里藍ちゃん。
それでも、彼女はたくさんのギャラリーを惹きつけていた。
パットを外した時のどよめきが、今も蘇ってくる。

100回続けて予選通過を果たした横峰さくらちゃんも同じ。
大勢の老若男女の人達が一緒に移動していた。

人気があるからと言うけれど、実力が伴なっていなければ人気は出ない。

何も脈絡なんかないけれど、大好きなフラメンコと音楽を、とにかく一生懸命やりたいと思った。
ナヨナヨしている自分に、渇を入れた。

「こんなゴルフ場には行けないけれど、また来週、三人で久しぶりに行くんだよ、◎◎ちゃんもプレーしたくなったんじゃないの?」
私は首を振った。

久しぶりに、まばゆい景色を見れただけでいいのだ。

ayame1999 at 01:53|Permalink

2013年09月30日

女性ばかり...。

                「もなかのあれやこれや」
つくづく思う。
何処に行っても女性が多い。
演劇にしてもコンサートにしても、圧倒的に女性の姿が目につく。

男の人は家族の為に必死に働いていて、女は気楽なものさ、と云う声が聞こえてきそう。
でも、女の人だって仕事を持っている人が大勢いる。

人によって数年に一度の舞台。
或いは何年も映画館になんて行けていない。
近くでライブがあって初めて生を味わった。
等々、様々に違いない。

でも、一年に一度だろうが、数年振りだろうが、とにかく足を運ぶのは圧倒的に女性が多い。
何処に行っても感じている自分だ。

昨日の日曜日、近所の公民館で、ジャズのライブがあった。
一年に一度、市の催しでプロのアーティストを招いてくれる。
昼と夕方とで二回だけど、毎年、すぐにチケットが完売してしまい、なかなか行けなかった。
今年は早いうちにゲット。

おかげで艶やかなトランペットの音にうっとり。
洒落たベースの指の動きと、軽快なピアノのリズムにしびれた。
もちろん唄にも。

「イエー」
奇声が私の後ろの席から聞こえてくる。
失礼。
のりのりの声が聞こえてきた。
そして、たくさんの観客達が、小刻みに身体でリズムを取りながら手拍子も打つ。

「あれ!」
そうだった。
ジャズの乗りは、裏打ちだ。
「あ〜ん...」
もっともっと早いうちに、ジャズが好きになっていたら、きっとパルマのコントラ打ちが上手になっていただろうに...。
呆れる。
ジャズを楽しんでいる最中でも、フラメンコと繋げてしまうなんて...。

さてさて、終わって階段を降りていく途中、近所だから知った顔があちらこちらに見受けられた。
会話も、聞こえてくる。
すっかり小さくなってしまったパン屋さんの奥さんが酒屋さんの奥さんに笑顔を向けていた。
「よかったー、ジャズ大好きだったのよー」
杖をついて腰も曲がってしまったけれど、元気そう。

「こんな近いところで聴けてよかったわねー」
古本屋さんの奥さんも加わっていた。
私はその横を黙って通り抜けた。

自分にとってのジャズは近い存在ではない。
でも、今回来ていたほとんとの人達は、結構自分よりずっと年が上だった。
シャンソンや、ジャズが身近だった若い時代だったに違いない。

それにしても、男の人はどうしたのだろう。
女性ばかりが楽しんだ年代ではないだろうに。
ここでも九割がた女の人ばかりだった。

『う〜ん、女性の方が、好奇心いっぱいということなのかなー』


ayame1999 at 23:39|Permalink