カンテ

2012年09月07日

エルフラにて..。

「もなかのカンテ」
水曜日はエルフラにて、カンテのお師匠様の還暦ライブだった。
kanreki1お教室にはすっかり行けなくなってしまった私だけど、だからこそ記念すべきこのライブを楽しみにしていた。

加えて、親しくさせて頂いている方も唄っていたし、踊りの教室の先生も踊っていらした。
個人的な思いは別にして、スペインからのゲストの方と、素晴らしい出演者の方々。

ライブは時に静寂に。
時に、涙腺を刺激され。
場面がガラリと変わり、明るくユーモアに包まれ。
終盤は、とてつもなく賑やかに。

一度にたくさんの思いを味わせてもらえ、個人的には、
「私にはもったいない」
時間を過ごせたしだい。                                          
さて、いつも思う事だけど、こういう場所にくると、とても懐かしい人に出会うことが度々ある。
kanreki2今回は特にその思いが強かった。
たくさんの、懐かしい顔と出会い、ひと言、二言言葉を交わせた事。
一度に何人も。
これも
「嬉しくて、もったいな〜い」
時間だった。










ayame1999 at 10:55|Permalink

2012年03月08日

元気に、お布団の中で..。

        「もなかのカンテ&あれやこれや」
いつものように朝目を覚ますと、毛布を顔の上に乗せた。
「アーいィィイアーイィイィ♪」
お腹を喉にして大きな声で唄う。

『ええっと...これじゃ外に聴こえてしまう....もう一枚..、』
最初から二枚被ればいいのだけど、つい一枚ずつになってしまうのも毎度の事。

五月19日のフラメンコ発表会の曲が決まってから始めた朝の行事。
自分が踊る曲を数曲続けて唄う。

昔、吟を詠じていた頃の事。
お腹の上に、NTTから配られていた分厚い電話帳を乗せて練習した時がある。
お腹で唄えるようになりたいと、上下に動くのを確かめながら。

でも、寝て唄うだけで、苦しい。
というわけで、或る日を境に、私は布団の中で寝ながら練習するようになった。

『あー苦しいよー』
水面から顔を出したように空気を一杯吸い込んだ。
真夏でも、厚いタオルケットを何枚も重ねて被り、顔を真っ赤にさせた。

私なりに負荷をかけているつもり。
何だか、とても原始的。
本当は他に正しい訓練方法があるのは判っている。

でも、他の方法を調べようとはせず、カンテのお教室に行く時も、結構続けていた習慣だ。

ところがである。
いつの間にか、その習慣は消え、時折、たまに思い出した時だけとなっていた。

気持ちとは可笑しなものだ。

結構長く、私は諸事情で時間的に難しく、カンテ教室に行けなくなっている状態が続いている。
不思議。
行けない状況になると

「もっともっと練習したい!」
と逸るばかり。

そうして再び目を覚ますと、ベッドの中での朝の練習が始まった。

もちろん先に記したようにフラメンコ発表会が近づいていることや、カンテ教室に行けなくなっているという理由もある。

でも、もう一つの理由があった。

声が元気でいられれば身体もきっと元気でいられる..、と思っているから。

身近な人でなくても、例えば、高齢となった歌手の方でも多少はキーを下げて唄ったとしても、ちゃんと活躍している。
反対に、どんなに人気があったって、マイクを頼りに唄っている人は、もう声は出なくなっている。

私は趣味。

でも、
「好きだから」
という気持ちは、小さい身体の缶詰の中に、いっぱい詰まっている。

好き....、
という大事な言葉をいつまでも新鮮に詰めておくには、元気でいなくては。
声が元気ならば、きっと私の身体だって..。
信じている。

さて、数日前、夢を見ていた。
「パッ」
自分の声で、瞼が勢いよく開いた。
寝言?
私は布団の中にもぐり、確かに大きな声で唄っていた。

『寝言でね 叫ぶ唄良し 名は御法度 』

ayame1999 at 23:55|Permalink

2011年08月31日

その時の声が..第590編

            「もなかのカンテ&あれやこれや」
わりと落ち着いた日々。
私は久し振りに自分で吹き込んだVOONを聴き直していた。
カテゴリ別に最近分類していたものだ。

「ウワー、こんな事をつぶやいていたのか...」
1分もみたない短いもの。

その中で去年の春4月20日の記事の中に吹き込んだ、
タイトル「地球は大丈夫ですか」
を聴いて愕然とした。

『こんな事を私は喋っていたのか』
地震の事等心配している内容。
あの頃から、心配する事が度々起きていたということだろう。
しかし、まさか一年後に本当に心配した通りになったなんて...。

haikuさて、話はがらりと変わる。
昨日からオーディオに耳を傾けている。
カンテ教室の大先輩の「鈴木高子」さんのCD。
日頃、ステージでも活躍している方だ。

「40年に渡るアフィシオナーダ、78歳の...」とアクースティカのホームページに掲載されていた。
唄声は人の顔と同じ、その人によって様々。
またその時の状況によっても、ちょっと変化する。

吹き込んだ時期や、後半の曲であるライブの様子を知っている自分だから尚更なのか.....。
私の耳にいろいろな思いまで伝わって来た。

踊りもすぐれた技術のほかに何かが伝わってくる。
この何かが、とても難しく、一口で表現出来ない。
唄声も同じということに違いない。

このCD。
大事に、大事にしたいと思う。

そして、週末の3、4日土曜日と日曜日は世田谷パブリックシアターにて、
「愛こそすべて」の公演。
こちらでも...初めて聴ける声が...。

「台風よ、早く過ぎ去っておくれよ〜」


ayame1999 at 14:17|Permalink

2011年06月10日

エル.セロライブにて..。第575編

         「もなかのカンテ&フラメンコ」
月曜日、中野坂上にあるお店エル.セロでのライブ。
無事にティエントスを唄い終え、ほっとしている。

最後のタンゴの部分をちょっと変わったもの、というより私の好きなメロディーがあり、それを繋げさせてもらった。

「ダメって云われるかなあ...」
前、前回の時の練習の時だったろうか、不安だったけれど、思いきって唄ってみた。
却下されたら別のタンゴを..と覚悟しながら。
唄い終え、横に座っているお師匠様の顔を覗き込む。
「それでもええよ」
瞬時に、顔がほころんしまった。

さてさて本番の日。
ティエントスを唄ったのは二人。
私は後半に唄わせてもらった。
「ワッ」
驚いた。
知っている顔が真っ正面に。
お友達と一緒に来てくれたようだ。
思わず
「新婚さんいらっしゃ〜い」
と声をかけたくなった私は、いけない、いけないと、あわてて自分の世界に入る。
お客様の雰囲気がとてもいい。
お陰様で楽しい時間を過ごすことが出来た。

前後してしまうが、話は遡って、この日の数時間前の練習時間に戻る。

私は身ぶるいするほどの貴重な時間を過ごすことが出来た。
その日、ある踊りの先生が数名の唄に合わせて、踊ってくれることになっていた。
即興で。
今回は唄がメインなので、まったくと云ってよいほどエスコピージャを省いている。
唄を聴き入り...。
唄に合わせて...。

「踊りは、本来はそれが当たり前のこと...」
という人もいるに違いない。
でも、それは簡単ようで、とても難しいこと。

動きは極力抑えて押さえて、オサエテ。
全てを知っている人だからこそ出来る表現を、目の当たりにした私だった。
そして、何と!
本番では踊らないけれど、別の踊りの先生も同じように一人で踊り出した曲がある。
静かに静かに...。haiku

『あ〜あ、自分には無理だなあ...』
私は溜息をつく。
肩を落としたところに追い打ちをかけるように、黒い何者かが私の耳元に囁いた。
「そうよ、無理だし今から頑張ったって、もう遅いわよ」

おかしなものだ。
否定されると反抗したくなってくる。
『近いうちにきっと私だって出来る時が来るわっ....、だってこういうのって、踊りのレッスンの時だって口を酸っぱくして云われ続けてきたことだもの..』

耳にくすぐるように囁いていた黒い影に、私は云い放つ。
すると、煙のように黒い影は形を変えた。
そして、私の身体の中に吸い込まれていくように思えた。

『なあんだ!』
黒い影は、いつもいつも一緒の、もう一人の私だったんだぁぁ。


ayame1999 at 22:43|Permalink

2010年12月29日

大切なものを来年も..。

              「もなかのカンテ&フラメンコ」
昨日、今年最後のフラメンコレッスンを終えた。

そして、カンテも、月曜日に忘年会も含めた練習が終わった。

カンテの時は、レッスン場をお借りしている先生が、手作りのパエージャや、手の込んだお料理を作って出してくれた。
「モリモリ...、美味しいね」
ひと段落すると、カンテの先生がギターを弾いてくれ、皆がタラント、アレグリアス...等など次々に唄っていく。
踊りの先生をしている方は、ブレリアを唄いながら自然と踊っていた。

私は大好きな、セビジャーナスを唄うことにした。
ゆっくりと、りブレのように唄う曲。
私は他の場所で聴いたことがない、まさに大人の踊りにぴったりな味わいのある唄。

「ねえ、一緒に唄おうよ」
ずっと以前に、カンテの先生が、私達をキャンデーズと呼んでくれていた時期がある。
私はその一人の腕をとる。
二人並んで唄うなんていったい何年ぶりのことだろう。
唄いながら阿吽の呼吸で、目で言葉を交わしていたと思う。
何かこみあげるものがあった。

もう一人がこの場所にいないのは淋しかったけれど、10年も経つと、諸々の事や、体力的に、或いは介護をする側にまわったりと、時間が制約される様々な事が生じてくるのは致し方がない。
私にも、そんな日が遅かれ早かれ、確実にやってくる。

途中、ブレリアを唄った先程の先生とは別の踊りの先生が、しっとりと立ちあがった。
そして、情感たっぷりに踊り始めてくれた。
男の方も加わる。
この方も、私からは先生と呼びたくなる方。

何の決め事もなく、自然の成り行きに踊りだしてくれたことに、私は唄いながら、このうえない喜びに包まれていた。

毎日布団を被って、朝起きる前は一曲唄ってから起きていた自分。
でも、最近は...、
いやいや長い間、実行していない。
日常のことだって、大事なことを忘れて失敗する事がある。
まして、練習をしないのだから、次々にレトラを忘れていく始末だ。

でも、この曲は、思い出の曲。
そして、大好きな大好きな唄。
自分の大切な唄として、しまっておきたい。

さて、火曜日に今年最後のレッスンを終えた踊り。
こちらは、4月の発表会に向けて練習まっしぐら。
特に今回、私の場合はパリージョをつけた踊りに関しては、二重苦を飛び越え、四十苦の状態だ。
haiku
学んでいく年数が増えるごとに楽になっていくものと思っていた。
しかし現実は、毎年課題が増えていくばかりだ。

さあ、今日は朝から忙しくその合間に書いたけど、また夜は家のことで目が回ることが待っている。
今年の一年間、いろいろな事に感謝。
来年は、どうか、自分が決めた事がきちんど出来ますように..。


ayame1999 at 15:11|Permalink

2010年03月04日

観せてくれたのは...誰。

          「もなかのカンテ」
人はなぜ泣くのだろう。
身体中が震えるほどの悲しみや悔しさ、寂しさ、恐ろしさに出会ったからか。

同じ泣くなら、嬉しくて感激した時の方がいい。

2月28日に終えたカンテ発表会。
私は、嬉しかったり、有り難かったり、感動したり..、あげたらきりがないほどのことで、心の中で泣いていた。
泪は一滴も出さずに。

「サイズが合わなくなってしまったから、これを着てね」
私のサイズにはぴったりの真っ赤なドレスを貸してくれたカンテの仲間。

「おかしいなー、少しきつすぎるぐらいだったのに」
試着してから、家に一ヶ月間ほど置いていた。
当日、着てみると、ゆるゆる。
体重は変わっていないのに...。
裁縫得意の別の仲間が、私の身体にぴったり合わせて、補正で縫ってくれる。

そのおかげで、すまして、マラゲーニャを唄うことが出来た。

そのほかにもたくさんの感謝。
私の胸の中にしまい、ここには書かない。

でも、一つだけ。
どうしても書き残しておきたいことがある。

フラメンコの仲間達や、親しくさせて頂いている知人の中には、普段やっている事と別の分野の事を長く続けている人がたくさんいる。

音楽であったり、書くことであったり、スポーツ等々であったり...。
その方達がエルフラメンコに足を運んで下さり、皆の唄を聴き

「私も、もっと頑張らなくちゃ」
という趣旨の内容の感想を言ってくれた人が多かった。

「よりいっそうガンバルー」
という言葉で結ばれていた。

褒められるのは嬉しい。
でも、私はその言葉が、もっと嬉しかった。

「何かを持っている人達だから、違うな」
よりいっそうガンバルという人達を、誇らしげに思えた。

今回、新しい年が明けてから、踊りの舞台と同じ月にあった、久しぶりのカンテ発表会。

踊った自分、唄った私。
でも、どうやら、本当に舞台にあがっていたのは自分ではなく、来てくれた仲間や友人、知人だったようだ。

その証拠に、私にたくさんの事を観せて教えてくれたのだから。

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ayame1999 at 01:21|Permalink

2010年02月25日

響く唄

バンクーバーオリンピックも終盤に入ってきた。
今日私が驚いた種目は、スキークロス。(注:たぶんそういう名前)

4人ほどで一斉に飛び出し、障害物競争のように、急な斜面をものすごいスピードで降りて行くもの。

途中、映画の中で観たシーンの、車がジャンプして宙を飛んでいるみたいだった。
それが女性だったので、私は目をまん丸くしてしまった。

いろいろな競技があるものだ。

さて、フラメンコの仲間の一人がブログを読んでくれたようだ。
「長崎の鐘は、よく知っているのよ。昔よく聴いたもの」
と言ってくれた。
「昔聴いた曲のことは確かだけど、あの唄は、いったい戦時中に作られた唄なのかしら?それとも、後なのかしら?」
彼女は首をひねっている。

「もちろん戦争が終わったあとよ」
私は待ってました!とばかりに言った。

◎モデルとなっているのは長崎医大の永井博士という人。
◎原爆が落とされてから後、自宅に戻ると奥さんのロザリオがあったので、かろうじて奥さんの骨だと判ったこと。
◎疎開していた幼い子供二人は助かったこと。
◎バラック小屋を建て、子供と住んだこと。
◎自ら被爆している身で、救護活動をし、駅で倒れたこと。
◎倒れてから、数冊の本を書いて残し、亡くなったこと。

私は、知り得たことを、機関銃のように並べたてた。

「ねえ、歌詞を載せておいてね」
彼女は、しんみり言った。

昔聴いたことのある曲を、もう一度ちゃんと詩を読み返したいと思ったのだろう。
その気持ちに私は、胸が熱くなった。

こうして心に響く唄は、時を経ても、何かの縁で再びまた蘇ってくる。

歌詞の中に出てくる
『こよなく晴れた青空を悲しと思うせつなさよ』
『かたみに残るロザリオ』
『召されて妻は天国へ』

何処にも戦争反対などと書かれていないサトウハチローさんがつくった歌詞。
その隠された意味を知ったことに、私は感動を覚えている。

昔、仕事の途中で長崎に寄ったことがある。
あのとき、この曲を知っていたら、
浦上天主堂の鐘も、知識としてではなく、もっと別の感じ方をしていたに違いない。
  「長崎の鐘」
こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る

召されて妻は天国へ
別れてひとり 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き わが涙
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る

こころの罪を うちあけて
更け行く夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る

戦争反対と声を大にして叫ぶことは、私には出来ないけれど、この曲の紹介は出来る。
美しい曲だもの。

★☆☆★ ★☆☆★  ★☆☆★ ★☆☆★

カンテも、聴く人の心に響くように、まごころ込めて唄いたいと思います。

瀧本正信カンテ教室発表会
日時:2月28日(日) 13:00開演(12:30開場)               会場:新宿エルフラメンコ



ayame1999 at 01:59|Permalink

2010年02月03日

優雅に、時には激しく..。

                       「もなかのカンテ」

[VOON] 冷たい手
「すいません、次回までには、ちゃんと勉強してきます」
数日前のカンテ教室でのこと。

「ほんとかいな、そんなこと言っちゃて、いいのかいね」
先生に言われてしまった。

2月28日にカンテの発表会で唄う曲は、自分では勉強しているつもり。
でも、他の曲は、ほぼ、全滅状態だ。

「来週が終わったら、ちゃんとやりますから..」

もごもご、と言い訳らしきものを、消え入りそうに言うと、
隣の仲間が、踊りの発表会があるからですよねー、とかばってくれた。

本当はそんなことは言い訳にならないことは判っている。
特に、フラメンコの踊りとカンテは、一緒のものだから...。
でも、助け船を出してくれたことに、ほっとする。

唄い終わったあと、立ちあがり、お辞儀をしてからギターさんに向けて手をあげる練習もやってみる。

「なんだ、そりゃ」
笑われた。

そして、最近習いたてのブレリアを交代で唄う。めずらしくギター無しで、アカペラ。
私の番になった。
新しいレトラを覚えていない私は、眼鏡をかけて必死だ。

「なんだ、そりゃ」
たぶんそう言われ、途中止められた気がする。

でも私はやめない。
車中で聴いていたカマロンの唄を思い出しながら、どんどん勝手に唄っていく。
まっしぐら。
記憶がとぎれないうちに...ひたすらに。

やっと唄い終えた。
「勝手に編曲するな」
先生の呆れた顔が目の前にあった。
そして笑われた。

『やっぱりテンネンと思っているかなあ...』

そうだ!
そういえば、以前は、カンテの仲間から、テンネン一位と言われていたものだ。
最近は、言われなくなったことに気づく。
愛嬌のひとつとして親しみを込めて言ってくれているのに、私が、イヤダイヤだというから遠慮して口に出さなくなったのかもしれない。

そう思うと、おかしなもので、逆に、私らしくなくて、ちょっと淋しい気もしてきた。
もう一度、その名を、私の手元に戻したくなってきた。

サイコロの面のようになりたいと思っている自分。
いやいや、六面では足りないな。
今、フラメンコの踊りで使っているアバニコ(大きい扇子みたいなもの)がいいなあ。

優雅な面や、激しい面と、たくさんの面が、折りたたまれているもの。...。

☆★☆★☆★☆★ ☆★☆★☆★☆★ ☆★☆★☆★☆★
アバニコを使った群舞の踊りでは、時には優雅に、時には激しく踊りたいと思っています。
下記にご案内させていただきます。
フラメンコのお好きな方に、ぜひ観ていただきたいです。

鍵田真由美.佐藤浩希フラメンコスタジオ生徒発表会

日時:2月7日(日) 18:00開演(17:30開場)
会場:メルパルクホール (東京・芝公園)

チケット:前売¥3000、当日¥4000 *全席自由

☆★☆★☆★☆★ ☆★☆★☆★☆★ ☆★☆★☆★☆★

瀧本正信カンテ教室発表会
日時:2月28日(日) 13:00開演(12:30開場)               会場:新宿エルフラメンコ



ayame1999 at 03:04|Permalink

2009年12月21日

忙しい胃

今年もあと残すところ10日となってしまった。
ここ一週間も、猛スピードで過ぎ去ってしまった日。

16日水曜日夜の、高円寺エスペランサでの時間も、あれよあれよ、という間に終わってしまった。
あのとき、予想していなかった場面に驚いた私。

「カンテってこんな楽しみ方もあったんだー」

もったいない場面、
一つとして逃すまいと聴き入り、凝視していた。

本当は、この数週間抱えていた不安。

幾つかのライブを観に行った時もそうだったが、没頭している時は何もかも忘れて楽しんでいた自分。
でも、特にエスペランサのときは、晴々していたのだ。

「いやだなー、もしも悪い病気だったら、もう踊れなくなってしまう」

夜中に胃が痛みだし、必ず目を覚ます状態が続いていた約一ヶ月間。
比較的起きている時は大丈夫だから、普通に食べてしまう。
でも、違和感があって、変な予感が募るばかり。

フラメンコをもしも踊れなくなったら...、
表向きは空元気。
でも内心は怖くて病院に行けなかった。

土曜日の夕方、ゴルフの仲間三人と会っていた時のことだ。
ちょっと不安をもらしてしまう。

「だめよ、ほっといたら」
「そうだよ。すぐに病院に行かなくちゃ」
「そうだ、○○クリニックは土曜日もやってるから、車で送ってあげるよ」
有り難いことだ。
私も何回か行ったことのあるクリニック。
あれよあれよ、という間に出発し、診療時間終了ぎりぎりに診てもらうことが出来た。

そして16日の水曜日の朝に、すぐに胃カメラで検査することが決まった。

前夜、カメラのため、夜7時から何も食べず空腹。
そしてリビングの暖房が暖かすぎたのかもしれない。
ソファーに横になっていた私の瞼は閉じていった。

その間、数秒か、或いは数分かもしれない。

フラメンコ発表会の時のプログラムに乗っている顔写真。
ミセス仲間の一人ひとりの顔がフィルムのように流れていく。
小さな四角い写真。
皆、笑顔。
『ああ、こんな楽しい時もあったんだなー』
と懐かしんでいる自分がいる。

ハッとして目を開けた。
夢だった。

翌日16日の朝にやることになっているカメラに恐れをなしていたのかもしれない。

さて結果は、
『嬉しい、嬉しい』

異常なし。
もっとも血圧が上が70台、下が40台では低すぎる、と言われてしまったけれど、昔からのことだ。
高血圧といわれるより良い。

飛びあがらんばかりの気持ちで、夜のエスペランサを待った私だった。

不思議だ。
あれから、あれほど苦しんでいたのに、急に痛みが消えてしまった。
もらった薬が効いたせいもあるかもしれないけれど...。

思い返すと、私の夕食は遅い。
お腹がすくと、夜食もとる。

昼間は間食数度。
甘いもの大好き。

昔も頻繁に、胃の痛みに苦しんだことはあるけれど、こんな不安にかられたことは初めてのことだ。

いい教訓。

唄うときに、腹式呼吸をしているか、確かめる時だけでなく、
胃を可愛がってあげる気持ちで、たまには、掌を当ててあげよう。

時計と同じ。
毎日毎日、休憩時間もなく、働いてくれるのだもの。
五臓六腑にまずは声をかけよう。

「毎日、御苦労さまです」
超過勤務を、無理強いしないように、これからは、気をつけます。


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2009年12月15日

喉を締め付けてはいけません。

               「もなかのカンテ」
私はジーパンのポケットに手を突っ込む。
飴を二つ出してパソコンの前に置く。
カンテ教室で、隣の人がくれた飴。
何だか温もりが伝わってくる。

外はとても寒かったけれどお教室は、暖かった。
暖房のせいではない。
必死に全身で唄っていると、身体中がぽかぽかしてくるのだ。

ある男性の仲間が、唄っている先生のお腹を、横から腕を伸ばして掌を当てていた。
力の入れ具合を感じたかったのだろう。

「なるほどなあ」

私はその仲間が、掌で感じた感想に耳を傾けた。
女性なので、体感出来ないから、掌の感触を聴くほかない。

先生は言う。
例え、小さな声で唄っている時だって、同じ。
お腹が緩んだら声の出し方が違ってしまう..と。

私は自分のお腹をひっこめたり膨らましたりする。
「ちゃんと自分は、腹式呼吸ができているのかなあ?」

横に並んでいる新人さん二人も神妙な顔をしていたところをみると、同じようにお腹に力を入れていたのかもしれない。

その折に、先生が16日水曜日に高円寺のエスペランサで唄うことを仰った。

そして何て嬉しいのだろう。

私が習っているフラメンコ教室の先生、講師陣等々の方々。
普段は踊りだけど、今回はパルマで出演するという。

カンテライブ。

踊りとは違うから、どんなパルマになるのかなあ。
そして、こんな嬉しいメンバーで観れるなんて、私にとっては奇跡だ。
見慣れているようで、違うと思うのだ。

目と耳がいくつあっても足りないのではないかと、心配になってきた。

カンテのお師匠様の唄が目的だけど...、
本音は、もう一つ。
神業見たいなパルマ。
そして、とてもいい声の先生達。

何かプラス、アルファーがあればいいなあ...などと期待している自分。
私は、いつもの性分で、何でも考える過ぎるかなあ。


12月16日(水)特別企画
場所: カサデエスペランサ
    (予約 高円寺
Tel. 03-3316-9493
開場:19時 開演20時
出演: C 瀧本正信
    G フアン・ソト
    P 佐藤浩希、矢野吉峰、
      末木三四郎、中根信由



ayame1999 at 02:06|Permalink